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2004.11.19

神はサイコロを振らない

 木曜、お昼前に倒れるように寝たらたった3時間でまたも電話で起こされる。週刊PBから中国ネタのゲラを至急チェックしてくれとのこと(しかしこの事件では、中国海軍も海自も見事な焼け太りだ)。そう言えば来週号は祝日進行だ。ハードカバーのラフに関して、その後電話でやりとり。ちょっとこちらに勘違いがあって、最初駄目出ししたんだが、聞いてみて納得。以外と良いかも、と思う。ボロボロの状態のまま21時前に寝て深夜0時にまた起きる。

※ 泰阜村分の登録、最高裁も「抹消」 田中知事の上告棄却

 実は昨日のうちだったかな、某筋からこの結果を聞いていたので、たぶん康夫ちゃんには、週初めくらいには解っていたんでしょう。事実上の門前払いです。当然の結果。税金でもって空騒ぎし、一人田中康夫がメディア露出するネタを提供しただけ。
 こんなママゴトに付き合ってヨイショした無知蒙昧な学者共を吊してやりたい気分だ。
 ま、神はサイコロを振らないってことですよ。

※ 忠犬特区 放し飼いにして クマやサルを追い払う 読売

 やっぱりネーミングがナイスだよね。きっとみんな長野県庁を意識して考えたんだろう。任期付きにはバタバタ逃げ出されているみたいですが。

※ 田中康夫に何が起きたのか? 週刊金曜日

 転向した相川俊英氏の4頁の記事ですが、まあここ半年くらいのおさらい記事みたいな感じで、転向した人間の吐露としてはこんなものでしょう。ちょっと解せないのは、浅川ダムに関して、そこそこ熱心に書いているのに、先日の台風被害に関して全く記述が無いのはどうかと思う。

※ 竹島の写真付き切手「発行拒否」で公社提訴 東京の男性

 これは郵政公社は、基本的に拒否する根拠は無いんですよね。性表現の問題でもないし、天皇の写真を使ったというわけじゃない(←戦後日本には不敬罪は無いから、肖像権侵害で駄目だということになる)。断る合理的な理由が無いことを思えば、全く勝ち目は無いでしょう。

※ 阿片の9割を生産するアフガン

 アフガンの芥子栽培と言えば、アフガン最大の産業で、地方の軍閥というのは、だいたいこの芥子栽培に手を染めているんですね。南米では、芥子栽培に手を出している連中を暗殺して歩く米軍が、アフガンでは、その頭領たちと組むしかない。だから年々芥子栽培は大きくなるの悪循環です。

※ 小型発電機数基をサマワで贈呈
 現地での引き渡し式の模様がテレビに流れたけれど、今は、こういうのは黙ってやるべきだと思うんですよ。テロのターゲットになるだけだから。しかしこれって、ディーゼルなんだろうか、流行のガスタービン……、なわけは無いよな。

※ 神はサイコロを振らない
http://eiji.txt-nifty.com/photos/eiji/ ←ブログの写真頁

 さて、12月下旬発売の新刊予告が、中公のサイトにアップされたみたいです。読者サービスとして、私が自分でデザインして編集者に提供した、最初のタイトル案での表紙をここに披露します。もちろんこれは、私自身の手によってボツになりました。何か、ドラッグ・ストアの安っぽいポップのような感じがして。
 最初のタイトルは、シンプルに「生還」と付けました。ちょっと芸がないかなと思って、リードに振った「神はサイコロを振らない」をタイトルにしたのですが。US-1A(エアメモ鹿屋で、この目的のために撮影したショット)はどんな役回りか? って。それは読んでのお楽しみ(~_~;)。

 どういう話か? 去年だったかな、夢の中で、なかなか泣ける話を思いついたと書いた記憶があるのですが、その話です。一番これに近い話は、スタトレDS9にあります。第4シーズンの「 The Visitor 」
http://www.mars.dti.ne.jp/~ateban/ds9/75.html

 ↑凄く長い紹介文ですが、そのDS9のエピソードは、ここが良いでしょう。DS9でベスト・エピソードを特集すると、必ず入る話ですね。私の「神はサイコロを振らない」は、丁度一ヶ月後くらいのローンチになりますのでよろしく。

※ メルマガおまけ 将官金曜日

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コメント

http://www.mars.dti.ne.jp/~ateban/ds9/75.html
こんなに長い文章書ける人なのに、読みにくいってことには気づか
ないんだろうか…

デニスクエイドの「オーロラの彼方に」に似てますね。

ドラえもんの都市伝説で「ドラえもんが故障で止まってしまって、電池を入れ替えないといけないが、そうすると今までの記憶がすべて消えてしまう。のび太は二人の思い出を消さないでドラえもんを
直す為にロボットのことを何年間も猛勉強する。そして、大人になったのび太がドラえもん型のロボットを開発することになるのである。」とかいう話も思い出されます。

投稿: のび太 | 2004.11.19 22:43

※ 阿片の9割を生産するアフガン
ミャンマーのケシの栽培同様に深刻な問題ですね。
ミャンマーの場合日本政府がODAでケシ撲滅対策として蕎麦の栽培事業を支援してるそうですが
http://homepage3.nifty.com/muginet/drdondon/buruma.html
アフガンはどうすればいいんでしょうかね?

投稿: 悪党の最後の逃げ場 | 2004.11.19 23:11

>※ 忠犬特区 放し飼いにして クマやサルを追い払う 読売

先日テレビを見ていたら、軽井沢のNPO法人ピッキオが
熊対策犬「ベアドッグ」の育成をしているというニュースが
流れていました。

http://npo.picchio.jp/management/05.html

ただ、その際に流れた映像やWebサイトの写真を見る限り、決して
放し飼いというわけではないようですね。普段は人間がリードを持ち、
人間の手を離れるのは熊を追い詰めるときなどだけのようです。

ただ、いくら高度な訓練を受けた犬とはいえ、完全な放し飼いは
許可にならないでしょうね。百歩譲って、人間の監視下での
放し飼いが限度だと思います。

投稿: 長月@ReadMe.毒 | 2004.11.19 23:18

 日本ではアヘンやコカイン以上にたくさんの人を殺している毒物を農家が栽培しています。言うまでもなくタバコです。いろいろな推計がありますが、おおむね年間10万人はタバコで死んでいます。
 葉タバコ農家とJTとタバコ流通業者が自民党に政治力を行使して、強力な禁煙政策を妨げています。
 私は、現在タバコを栽培している農家と、それで生計を立てている流通業者に限って、廃業した場合に過去のタバコ収入に相当する年金を10年ぐらい支給すべきだと思う。年金の原資はタバコ税の増税で補えばよい。

投稿: 井上 晃宏 | 2004.11.20 08:19

>デニスクエイドの「オーロラの彼方に」に似てますね。

 なるほど。ここまでトリッキーな話じゃないんですが。

>アフガンはどうすればいいんでしょうかね?

 皮肉なことに、芥子というのは、結構生命力があって、手の掛からない栽培植物なんですよね。換金作物を、芥子以上の価格で政府が色を付けて一端買い取るとかでもしないと駄目でしょうね。

>熊対策犬「ベアドッグ」の育成をしているというニュースが

 去年辺りかなぁ、テレビで見たような記憶があるけれど、放し飼いは無理ですよね。県庁と違って。w

>私は、現在タバコを栽培している農家と、それで生計を立てている流

 これも皮肉な話で、タバコ程度ですら、日本では、国や農協が保護している状況だから、言わんや途上国の麻薬は……、というレベルの話ですよね。

投稿: 大石 | 2004.11.20 09:14

 大石さま。タバコだけではないんです。アルコールもまた多くの人間の生活習慣病を作り出し、アル中患者を生んでいます。依存症患者200万人。入院患者30万人。試算によると、その経済損失は年間7兆円に及びます。
 MDMA、大麻、覚せい剤、ヘロインのどれよりもアルコールは危険な依存性薬物なのに、数十%の税をかけるだけで販売は野放し状態。
 薬物規制はまずタバコとアルコールから始めるべきでしょう。さして金はかからんのです。税率上げと販売方法の制限をするだけでいい。

投稿: 井上 晃宏 | 2004.11.20 12:35

To 井上様
 私もアルコールの税率上げ・販売規制に全面的に賛成いたします。「少量のアルコールは健康を増進する」などという論調も見られますが、それを言い出すと煙草ですら部分的に健康増進効果があるという事になりますし、抑も「益害分岐点」に相当する「少量」と「多量」とには個人差があるはずなので、「少量の……」などと曰う時点で説明責任の放棄です。
 更に言うならば、食道ガンや舌ガン、大腸ガンなどは、アルコール摂取の有無が有意に発ガン率と関係を持ちます。アルコールの健康増進効果は他の手段でも得られますが、アルコールによる発ガン性のリスクは、アルコール摂取以外の方法では上がる事は絶対にありません。
 但し、アルコールに対する規制は、タバコに対する規制以上に難しいでしょう。世界中に慢性アル中患者がいます(「月に1回くらい飲みたいよね」という程度の人でも、私はアル中と見なします)し、アルコールで儲けている「死の商人」もタバコ業界の比ではありません。更に、過去アメリカで失敗した禁酒法の例がある為、アルコール規制に拒否反応を示す人も多数いるでしょう。
 しかし、規制が難しいからと言って、それをやらなくてもいいという事ではありません。寧ろ、難しい規制だからこそ積極的に規制の方法を検討し、実践する事こそが、国民の税金を預かる為政者の責務と申せましょう。幸い、ブータンがたばこ販売の全面禁止という前例を作ってくれました。失敗に終わった米禁酒法の事例と併せて、より受け容れられやすくより成功しやすい「禁酒・禁煙」について、議論を深めていくべきでしょう。
 しかし、アルコールを税収減としか考えていない日本政府と、発泡酒・雑酒への増税を「庶民いじめ」としか見られない日本国民とでは、禁酒なんて議論は100年掛かっても無理でしょうがorz

投稿: 五月原清隆 | 2004.11.20 13:38

>発泡酒・雑酒への増税を「庶民いじめ」としか見られない日本国民

 はっはっは。
 ここ数年行われた発泡酒への課税強化とタバコ税率上げは、民主党が「庶民の楽しみを奪うから」という理由で反対してましたね。
 もちろん、政府自民党だって健康増進のために酒タバコ税を値上げしたのではなく、税収確保のためなんですが。

投稿: 井上 晃宏 | 2004.11.20 13:57

 何しろ私は付き合いでしか酒を飲まない、禁酒法が施行されても一向に構わない人間なので、アルコールをどう規制するかの議論は、逆にピンと来ない所があるんですよ。

 でも日本はまだましな方だと思いますけれどね。パリなんて、真っ昼間にパトロール警官がワイン飲んでいるせいで、飲酒運転の実効が全然上がらないという笑えない話もありますから。

投稿: 大石 | 2004.11.21 09:46

 そうやってみんなで気にくわないモノ禁止してったら、
生きる楽しみが原始時代以下になると思うぞ。

 この手の禁止論者は、自分の楽しみがある日抹殺される可能性
におびえて生きてるのかもしんないね。
 自分で決める決める事を覚えろよ。
 哀れに見えるぞ。

 麻薬は、使用者が悪化する確率が非常に高く、明瞭に人格と
社会を崩壊させる事が証明されているから禁止、これは分かる。

 原因と結果に、明瞭で確実な相関と、個人差によらないという
証明がない限り、自己責任とするのが当然。
 医療費押し上げてる分だけ、税金かけりゃいいんですよ。

投稿: (´・ω・`) | 2004.11.21 13:46

> 麻薬は、使用者が悪化する確率が非常に高く、明瞭に人格と
社会を崩壊させる事が証明されているから禁止、これは分かる。

 はあ?アルコールにも全く同じことが言えますよ。
 ドラッグを使って「中毒」になる人間はごく一部です。一度でも使ったら、もう中毒になって抜けられなくなるってこたぁないんです。その害は使用量と使用期間に依存します。

>原因と結果に、明瞭で確実な相関と、個人差によらないという
証明がない限り、自己責任とするのが当然。

 それじゃ、覚せい剤も自己責任にしましょう。覚せい剤精神病になって犯罪を犯す人間なんて、使用者数にくらべたら、ごく一部なんですから。税金をかけて薬局で売ることにすりゃいい。実際、昭和20年代までは普通に売られていたものだし。

 どのドラッグを禁止して、どれを許すかなんてのは、政治的な圧力と、その国の文化や慣習によって決まるのであって、毒性とは無関係なんです。

投稿: 井上 晃宏 | 2004.11.21 15:58

 アル中治療していた精神科医なだいなだの本の受け売りなんですが、ドラッグが、原産地で地域文化に深く結びついた形で使われていた時代には、乱用とか中毒なんてあまりなかったんです。いつも使っていいものではなくて、使う時と場所が厳しく決められていた。そうでもなけりゃ、ケシの原産地住民は阿片中毒で全滅してますし、コカの葉を疲労回復薬として使っていた南米インディオはみんなジャンキーになってます。
 それを、大航海時代以後になって、ドラッグを地域文化と切り離して、単なる物質として、あちこちに売り歩くようになって、一気に乱用が増えたんです。
 毎日のように酒を飲む、現代の酒文化なんてものは、酒の大量消費のために人工的に造られたものに過ぎません。本来、酒とはハレの日にだけ飲むものです。

投稿: 井上 晃宏 | 2004.11.21 19:49

 うーん、井上さんの仰ることが正しいのは分かるんですが、一気に禁酒まで持っていってしまうことには極論というか、一歩間違えば原理主義に陥ってしまいかねない危うさを感じます。(他人に迷惑を掛けない程度に飲酒している人まで制限されてしまうのには何とも・・・。)
 まあ煙草に関してなら日本が喫煙者にとって甘すぎる、そして非喫煙者の利益が不当に抑圧されている社会であるという点は私も日頃感じているところですが。

投稿: 名無し三等兵 | 2004.11.21 21:18

 お酒を巡る問題というのは、飲酒運転を除けば、半分はドメスティック・バイオレンス等の問題ですよね。それがもたらす諸問題から、家庭を守るシステムが社会になかなか存在しない、利用しづらいという辺りが大きいんだと思いますが。

 あと、飲酒運転に関しては、法律しかそれを縛るものが無いというのが問題ですよね。社会風潮として、それを悪いこととして捉えていない。事故ったら不運だ……、程度の認識しか無いことも問題かなと。

投稿: 大石 | 2004.11.22 09:55

To 井上晃宏さま
>毎日のように酒を飲む、現代の酒文化なんてものは、酒の大量消費のために人工的に造られたものに過ぎません。本来、酒とはハレの日にだけ飲むものです。
 先日、マレーシア・ペナン島へ観光に行ってきたのですが、そこにあるペナン博物館には、“Opium Bed”なる木製の台が展示されていました。ツーリストイングリッシュしか出来ない私はOpiumなんて単語を知りませんでしたが、その場で英和辞典を引いてみると、「阿片」との意。つまり、そこに展示されていたのは阿片吸飲用のベッドという事であって、現在は薬物に対する刑罰が非常に厳しいマレーシアですら、往時の阿片を「文化」として認めている、という事です。時代の変遷による「文化」の定義の難しさを改めて考えさせられました。
 翻ってアルコールなんですが、現在の大量消費は、製造技術の近代化による大量生産と無関係には考えられないでしょうね。タバコにしろアルコールにしろ、或いは自動車やインターネットにしろ、人間がその害悪に気付いたのは大量生産によって世間に普及した後です。売らんかな主義で害悪まで普遍化させてしまうのは、ある意味近代人類の業なのかも知れません。尤も、自家用車を持ちインターネットも使う私とて、その近代人類の一人でしかないのですが。


To 名無し三等兵さま

>一歩間違えば原理主義に陥ってしまいかねない危うさを感じます。
 それこそが、米国における禁酒法失敗の理由でしょうね。独善に走って禁酒を押し付けた事により、市民の反感を買い、それがアル・カポネのようなマフィアを大量生産する事に繋がってしまいました。
 私にしても井上さんにしても、いきなり全面禁酒などという事は考えていませんし、それこそ米禁酒法の前轍を踏む事に他なりません。禁酒法を強行施行しても、脱法酒(俗称:発泡酒)増税で苛立っている庶民が違法酒を歓迎するだけです。
 それよりも先にやるべき事は、アルコールの害の認知度をタバコの害のの認知度と同程度に高める事です。タバコの有害性は普遍的に認知されているでしょうが、アルコールの有害性はタバコほど認知されているとは思えません。先ずは、タバコの広告と同様な有害性についての告知を酒類メーカーに義務付け、次に「社会的害悪」としてのアルコールに対する増税論議をすべきでしょう。禁止税的(本来、禁止税とは輸入品に対する関税での用語ですが)な税制や、製造・販売・輸入の禁止などは、その先の話です。
 因みに、一見全面禁煙に踏み切ったかに見えるブータンですら、輸入タバコへの禁止的関税はたったの100%でしかありません。つまり、喫煙量を半分に抑制すれば済んでしまう話であって、全面禁煙には程遠い状況です。しかし、これは禁煙政策を遂行するには欠かせないステップでしょう。こういう「逃げ道」を残しておかないと、違法タバコやそれを財源とするマフィアが増長するまでです。

>他人に迷惑を掛けない程度に飲酒している人まで制限されてしまうのには何とも・・・。
 「他人に迷惑を掛けない」っていうのは、あくまでも主観的判断ですよね。タバコだって、自宅だけで喫煙している分には「他人に迷惑を掛けていない」と強弁できてしまいます。それと同様に、缶詰めになっている物書きが、締め切り直前の修羅場だけ、大麻や覚醒剤を使用したとしても、「誰にも迷惑を掛けていない」と言われる余地を残してしまいます。
 となれば、何を以て「迷惑」とするかについても議論が必要でしょうね。取り敢えず、タバコやアルコールに起因する社会的損失は非常に大きいものがありますが、これを以て害悪とするならば、自家用車や国内航空輸送も環境負荷の面から害悪と見なされてしまい、魔女狩りのような「害悪探し」になってしまいます。まぁ、タバコやアルコールの場合、「今すぐになくなると市民生活が成り立たなくなる」というものではありませんけどね。
 取り敢えず、「何故アルコールを規制すべきなのか?」という命題については、賛成派ももっと理由を肉付けしていかなければならないでしょうね。

投稿: 五月原清隆 | 2004.11.22 10:56

ブータンでは、たばこの販売は禁止されたそうですが、喫煙は禁止されていないそうですね。どうしても吸いたい人間は、海外で買ってきて、税関で関税を払って持ち込めばいいし、ブータンに渡航する場合も、自分が吸う分を持ち込むのはOK。密輸や闇流通が増えるような気もしますが、少なくとも、当長野県のように、県庁敷地内禁煙、でもたばこの販売も地方税課税も従来のまま、というよりは、筋が通っているように思えます。制度による縛り、は少なくできるならそれにこしたことはない。一人一人の人間がもっと自律できれば、必要最小限の法律で済むはずなのですが・・・。

投稿: ya-mana | 2004.11.22 11:16

>「他人に迷惑を掛けない」っていうのは、あくまでも主観的判断ですよね。タバコだって、自宅だけで喫煙している分には「他人に迷惑を掛けていない」と強弁できてしまいます。それと同様に、缶詰めになっている物書きが、締め切り直前の修羅場だけ、大麻や覚醒剤を使用したとしても、「誰にも迷惑を掛けていない」と言われる余地を残してしまいます。

 うーん、これはどうでしょう。確かに「他人に迷惑を掛けない」という表現は個人の主観に大いに依存していますが、一方で休日にDVDを見ながら缶チューハイを1本飲む行為と、締め切り直前の物書きが覚醒剤を使用する行為とでは質的に有意な違いがあるように思うんですが。その辺の差異をおざなりにしたまま「主観的基準では話にならない。明示的な規制が必要だ」という方向に持っていかれると、何だか随分乱暴な議論だなぁと感じてしまいます。前のコメントで私が「危うさを感じる」と書いたのも、この辺りの姿勢に疑問を感じてのことだと思います。

投稿: 名無し三等兵 | 2004.11.22 15:07

To: 名無し三等兵さま
>休日にDVDを見ながら缶チューハイを1本飲む
>締め切り直前の物書きが覚醒剤を使用する
 この2つに「質的に有意な違いがある」と考える事こそ、正に主観論でしょうね。量の多寡を問わず、アルコールは発ガンリスクを確実に高めますし、「休日の缶チューハイ」が習慣になれば、それが弱度の薬物依存とどう質的に異なるのか、説明するの難しいでしょう。
 但し、今まで普通に流通していたものを「有害だから」と規制を主張する以上、何がどう有害なのか、証明責任は我々規制推進派にある事は明白です。取り敢えず、発ガンリスクや常習性について、もっと問題意識を広めていく必要はあると思います。
 ですから、私のアルコール規制論は、「アルコールの有害性について証明責任が全うされてから」という条件が当然にして付きます。どんな正論であっても、証明や理解を抜きに語っては暴論でしかありませんからね。
 取り敢えず、アルコールの害については、以下のサイトが詳しいので、賛成派・反対派ともに一度ご覧になって頂ければ幸いです。
http://www.so-net.ne.jp/vivre/kokoro/arp.html

To 大石さま
 現時点でのアルコール害は、大半が飲酒運転と家庭内暴力でしょう。しかし、これからの時代、アルコール中毒やアルコールに起因するガンの医療負担が大きな社会問題になるものと思われます。成人した時からアルコールの大量消費が普通になっていた「団塊の世代」が、加齢により、各々抱え込むアル中や肝障害に耐えきれなくなり、病院に殺到する事が予想されるからです。規制に賛成する以上、私もアルコール害の立証に加勢しなければならない責任があるのですが、表立ってアルコール規制を口にすると仕事を干されてしまいます。ええ、取引先が製缶会社ですからorz

投稿: 五月原清隆 | 2004.11.22 18:32

五月原様
>ですから、私のアルコール規制論は、「アルコールの有害性について
>証明責任が全うされてから」という条件が当然にして付きます。
>どんな正論であっても、証明や理解を抜きに語っては暴論でしか
>ありませんからね。
規制論者が全てそういう考え方であってくれればいいのですが。
東京都千代田区の街頭喫煙禁止の条例施行や、長野県での県庁施設内禁煙措置は、そういう証明が為された、あるいはそのための議論・努力が為されず、強権的に規制が開始されたように感じます。
名無し三等兵さんも、そのへんを危惧されているのではないでしょうか?

投稿: ya-mana | 2004.11.22 18:47

 アルコールの害についてのサイト、拝見しました。自分が考えているより問題が深刻なのだなという認識は得たのですが、それでも幾つか疑問点は残ります。
 1つは、上記のサイトを見ても分からなかったことなんですが、一体どれほどの飲酒量であればアルコール中毒として警戒しなくてはならない水準に達するのでしょうか。「量の多寡を問わず、アルコールは発ガンリスクを確実に高めます」と言い切ることも可能ですが、それを言ったら身の回りにあるあらゆる物に何らかの健康を害するリスクは存在します。微量の飲酒ですら危険であると言うなら、他の全ての有害物質も規制しなくてはいけなくなりません?この「ゼロでなければ即危険」という発想は私の目には原理主義的に映ります。少なくてもリスク・コントロールという発想からは「これ以上は有意に危険である」という基準を設けた方が実際的だと思います。
 2つ目は上と関連しているのですが、どうも主観論を問題にするのであれば五月原さんの問題の立て方にも主観が入っている気がするんですよね。同じレベルの発ガンリスクであれば何故アルコールだけダメなのか。同レベルの健康リスクが存在するなら全て等しく規制すべきではないのか。セレクション・バイアスって訳ではありませんが、アルコールだけを殊更に危険視することの合理的理由が私には今一つ見えないのです。

#・・・って、課題をサボって何やってるんだか、自分。

投稿: 名無し三等兵 | 2004.11.22 22:07

To ya-manaさま
>東京都千代田区の街頭喫煙禁止の条例施行や、長野県での県庁施設内禁煙措置は、そういう証明が為された、あるいはそのための議論・努力が為されず、強権的に規制が開始されたように感じます。
 私はその千代田区に2年間通学していましたが、実効性の程は疑問でした。吸ってる奴は吸ってましたし、取り締まりもお座なりでしたからね。捕まってもシラを切って逃げ通せればお咎めなしというのが抑もの間違いです。おまけに「たったの」2,000円ですから、抑止効果にも疑問を感じてしまいます。本当に路上喫煙が取り締まりに相当する悪辣な行為なのであれば、せめて一発免停になるスピード違反と同程度の罰金に引き上げるべきでしょう。
 また、罰金またはそれに相当するものを徴収しようというのなら、少なくとも取り締まりする人間にそれ相当の強制力を保障すべきです。路上喫煙が見付かったら即逮捕、会社・学校・家庭にも連絡され、略式起訴で罰金刑を科される、というくらいにならないと、実効性は感じられません。千代田区の例は、単なる区長のパフォーマンスの一つと見るべきでしょうね。
 長野県の場合は……うーんと、知事の属人的部分で問題が多いのかも(--;) しかし、これに反発しようとすると、「お前はタバコを擁護するのか」とやり込められてしまう罠。児ポ法とやり方は同じですね。これも、制度上の問題点から反対論を唱えた瞬間に、「お前は幼児性愛者を擁護するのか」と袋叩きに遭います。まぁ、こういう「如何にも反対できなさそうな部分」を盾に規制を押し込んでいくやり方は、如何にも知事の好きそうな方法ではありますが。

To 名無し三等兵さま
>一体どれほどの飲酒量であればアルコール中毒として警戒しなくてはならない水準に達するのでしょうか。
 これは、賛成派が今後具体的な数字を出さなければならない所でしょうが、算定は難しいでしょうね。タバコや覚醒剤ですら、1日にどれだけ摂取したらリスクが増大するのかという議論は為されていませんからね。あくまでも現時点での私の考えですが、中毒性・依存性が高い以上、極少量の飲酒であっても有害ですし、飲酒しなくて済むのなら、全く飲酒しない方が極少量の飲酒よりも少なくとも健康上はよろしい、という事になります。これがあくまでも主観論でしかない事は承知の上です。
 蛇足ながら言い訳をしますと、こういう薬物の有意な危険水準は、なかなか公表されにくいものだと思います。その理由は、以下の2つです。

1.薬物の心身への影響は当然に個人差があり、危険値の有意水準が必ずしも害の発生の目安とはならない為。
2.有意水準を設定する事により、却って常習者に「この程度までの摂取はOK」と思わせてしまう為。

 1は言うまでもないでしょう。同じ1週間に1回の喫煙でも、依存症になる人とならない人とがいます。逆に、同じ依存症治療メニューを施しても、それが有効になる患者とならない患者とは当然出てきます。これを統計的にまとめた、「大多数の人にとって症状が発生する」水準が有意な危険水準なのですが、では果たして「これ以下ならば安全」と言えるのかというと、そうではないですよね。
 2は、常習者の甘えですね。「1日にコップ2杯以上飲むと有害になる」と設定してしまえば、常習者は逆に「1日にコップ1杯までならOKなのか」と思ってしまう事でしょう。「節煙」「節酒」などという言葉はありますが、「節覚醒剤」「節大麻」なんて言葉は聞きません。しかし、前者も後者も考え方は同じです。であれば、下手に有意水準を示すよりは、きっぱりとゼロor有害という枠に填めてしまった方がいい、というのは、一つの考え方でしょう。

>同じレベルの発ガンリスクであれば何故アルコールだけダメなのか。
 これは、井上さんが上方で書いていた事ですが、
>どのドラッグを禁止して、どれを許すかなんてのは、政治的な圧力と、その国の文化や慣習によって決まるのであって、毒性とは無関係なんです。
 という言葉に尽きるでしょうね。ドラッグに関わらず、二酸化炭素による地球温暖化や、携帯電話や高圧送電線による電磁波障害、果てはコンドーム使用による不燃ゴミ増大など、「害悪」なんてのは幾らでも見付けられますし、尤もらしい理由を付ければ規制する事だって出来ます。だからこそ、その中でどれかを規制しようという際には、主観論だけではなく、客観的に納得し得る理由の肉付けが必要なんですね。但し、どんな後付けの理由があろうとも、「規制した方がいい」という初動段階での動機は得てして主観論であるものですが。
 なお、私が考えている、アルコールの害を規制する理由は以下の通りです。他の規制論者も同じ考え方であるとは限りません。

1.アルコール害に対する社会的負担が大きい。
 経済効果や犯罪誘発などまでを含めた7兆円という数字が適正なのかどうかは知りませんが、少なくともアルコール害に対する治療費1兆円だけでも、大きな社会負担と見るべきでしょう。荒唐無稽な計算ですが、この1兆円があれば、地方における情報格差はかなり解消できます。税収の半分をもその直接的な被害への対策に費やしているアルコールは、うまい金の回り方がしているようには思えません。

2.嗜好性が高く、代替手段の必要もない。
 これが、薬物などの害と排気ガスなどの害との最も大きな質的差異でしょう。
 現在、自動車の公害は大きな環境負荷となっていますし、その対策は急務と言えます。しかし、その議論は「移動するな」という方向には向かわずに、「鉄道・船舶や徒歩・自転車などでの移動に切り替えろ」という方向に向かいます。人流・物流の手段として自動車や航空機は現代社会で大きな役割を果たしていますし、私的交通での自動車利用を禁止すれば、社会的にも大きな混乱を齎す事でしょう。また、代替交通手段がないような地域では、当然オンデマンドバスや相乗りタクシーなど公共交通の整備も必要となってしまいます。
 しかし、タバコにしろアルコールにしろ、嗜好品としての需要は多くても、現代社会において必要不可欠な存在であるとは言えません。アルコールを規制したからと言って、即座に経済活動に支障を来すものではありませんし、アルコールがダメだからと代替のドラッグなどを提供する必要性もありません。こうした社会的生産性の無さは、規制するかしないかを健闘する上での重要指標でしょう。
#まぁ、日本の何処かには公用車をセンチュリーからプリウスに変えた知事がいらっしゃいますが、どうせ環境負荷云々を言うのであれば、ご自身の健康の為、或いは県民との接触を持つ為にも、是非電車通勤の方がよろしいかと思いますけどね。

3.既に未成年者に対する規制が実施されている。
 タバコにしろアルコールにしろ、法的・物的に規制する態勢が出来ています。それは、対未成年者のみという部分的な規制です。ですから、これを全年齢対象に拡大しても、ゼロから規制態勢を作り上げるよりは社会的コストも少なく、規制による費用対効果では他の「有害」なものよりも優れています。
 それに、未成年者に対して「有害」だと言い切るんですから、当然にして成年者にも相当程度は「有害」という事になります。20歳になった途端にタバコやアルコールへの耐性が形成されるのではない(未成年者の禁煙・禁酒は、長期的有害性よりも急性中毒性の方が大きな理由です)のですから、未成年者の禁煙・禁酒を徹底しようと言うのであれば、それと同時に大人自身も襟を正し、禁煙・禁酒に努めるべきでしょう。

投稿: 五月原清隆 | 2004.11.23 13:17

五月原様
>吸ってる奴は吸ってました
確かにそうなのでしょうが、私が千代田区の街頭を歩いたところ、公園など灰皿が設置してあり、喫煙が認められている場所に喫煙者が集まり、もうもうと紫煙があがっていて、驚いた記憶があります。つまり、喫煙者でも、決まり事を守る気のあるひとは肩身の狭い思いをしながらより劣悪な環境での喫煙を余儀なくされ、無法者は条例などどこ吹く風、ということですか、いやはや。
長野県の場合はもっと滑稽で、県施設内全面禁煙は警察署にも適用されるらしいのですが、被疑者の人権に配慮して取り調べ室内では「被疑者のみ」喫煙可なのだそうです。つまり、被疑者には喫煙権も保障されているのに、取り調べにあたる警察官には喫煙の自由も、嫌煙権もないという・・・。それで禁煙措置の主たる理由が「受動喫煙の防止」だというのですから、お笑い(当事者には悲劇)じゃないですか。ちなみに、黒塗りの公用車をハイブリッドプリウスに乗り換えた件の知事ですが、その後プリウスでは移動中の打ち合わせ等を行うには狭い、とのことで(ハイブリッドではない)エスティマやアルフォードをなぜか毎年のように購入しており、センチュリーは児童相談所へ払い下げとなったことも申し添えておきます。
たばこ、アルコールに限らず、このような規制論議が権力者のパフォーマンスや利権獲得の手段に利用されることなく、真に健康・環境・文化を論じるものとなることを願ってやみません。

投稿: ya-mana | 2004.11.24 13:12

To ya-manaさま
>長野県の場合はもっと滑稽で、、、
 えーっと……○| ̄|_
 すみません、失笑が止まらないんですが。自分が長野県民ではなかった事を幸いに思います。もう、何処から突っ込んだらいいのか皆目検討が付きませんね。
 取り敢えず、プリウスが狭いと仰るのなら、こんなクルマは如何でしょうか。
 http://www.eliica.com/
 同じ知事のスタンドプレーでも、長野県が全面的にエリーカプロジェクトをバックアップするとでもぶち上げた方が、中途半端な禁煙政策よりも余程県内外の支持を得られそうなものですけどね。それにしても、児童相談所にセンチュリーなんか払い下げて、誰が乗るんでしょうね。まぁ、児童ではないでしょうが。

>このような規制論議が権力者のパフォーマンスや利権獲得の手段に利用されることなく、真に健康・環境・文化を論じるものとなることを願ってやみません。
 全く以て同意です。しかし、アルコールの害が一般に周知されるのには相当時間が掛かりそうですから、少なくとも私が生きている間には禁酒政策は実現しないでしょうね。

投稿: 五月原清隆 | 2004.11.24 15:23

五月原様
信州お笑い劇場におつきあい頂きありがとうございます。
エリーカプロジェクト、面白そうですね。ただ、県民としては財政事情を考えずにこちらに乗り出されるのは考え物なので、できれば知事には内緒にしておいてください。
次世代燃料もいろいろ言われているようですが、どうなんでしょうか。私個人としては、アルコールなんか一番、現実的だと思うのですが。それこそ、たばこやホップの生産農家、酒・たばこの生産に関わる人・設備をこちらに振り替えるのが合理的かと・・・。

投稿: ya-mana | 2004.11.24 19:52

To ya-manaさま
 次世代エネルギーとして注目されている水素ですが、現在その有力な供給源としてメタノール・エタノールなどのアルコールが注目されています。ガソリンと同じく液体であるが故、ガソリンスタンドなどでの燃料供給が容易な為です。ドライバーに飲ませれば危険極まりないアルコールも、自動車そのものに飲ませればクリーンエネルギーになるというのも、実に面白い話です。
 さて、そのアルコールなのですが、自動車の燃料として供給するとなれば、当然にして、均一品質での大量生産が要求されます。元々マスプロ低級酒を大量供給しているような酒造メーカーはいいでしょうが、昔ながらの手作りでプレミア酒を作っているような弱小酒蔵にとっては非常に厳しい業種転換のような気がします。手作りのアルコールが「プレミア燃料」として持て囃されるようになれば、また話は別でしょうが。杜氏の勘に頼る現在の品質管理から、工業規格化された厳格な品質管理への移行は、それなりに大きな行政支援が必要になりそうです。

投稿: 五月原清隆 | 2004.11.24 22:28

五月原様、
少量でも上質の酒を造り続けている地域密着の酒蔵等は、井上様の仰有られるところのハレの日、祭りなどのための文化的資産として、積極的に残すのも一考かもしれませんよ。まあいずれにせよ、どうするか決めるのは我々よりは後の世代でしょうが・・・。

投稿: ya-mana | 2004.11.25 20:21

To ya-manaさま
 しかし、最近は「地域密着の酒蔵」がどんどん東京に引き摺り出されてきているんですよ。それも、酒蔵の意思とは無関係に。現代にはインターネットなる便利な道具がありますから、地元の通だけしか知らないような酒蔵が、口コミで全国区になってしまうんです。文化財保護目的で県外への輸出を禁止したところで、最近では航空運賃が安くなっていますから、今度はマニアがその地方へ押し掛けるだけです。
 今日も、某道路地図会社の旅行情報誌に顔見知りの酒蔵が出ていたので、かなりショックです。鹿児島の隠れ家に使っている店が出ていなかったのが、せめてもの救いです。

>まあいずれにせよ、どうするか決めるのは我々よりは後の世代でしょうが・・・。
 そうですね。我々がくだを巻いたところで、アルコール害が世間に広く認知される頃には、既に我々は文化の本流から外れている事でしょうし。取り敢えず、我々が確実に出来る事は、あからさまに社会的損失となっているアル中や飲酒運転の撲滅でしょうか。

投稿: 五月原清隆 | 2004.11.25 21:59

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受信: 2004.11.20 14:44

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