低級な粘着自称作家
http://ruitomo.com/~hiroo/bbs/kohobu.html
【「あーいやだいやだ。 : 山形低級な粘着自称「作家」の伝言ボーイなんかやってやる義理ねーよ。あー気持ちワル。」】
記念に取っておこう(~_~;)。
これはどうやら私のことらしいんだ。いや、ここで私の名前をポストして、山形氏の反応を探りたい、あわよくば私をこのBBSに引っ張り出したい人間がいたということらしい。
大変申し訳ないんだけど、私はこの山形さんという人を全く知りません。世間なんてのはそんなもんです。ある分野では有名な人でも、知らないってことはありますから。不勉強だと言われればそれまでだけど。ちなみに田中康夫の「コモンズ」は、この方の翻訳本から引かれたとかいう話も2ちゃんねるで聞きました。それで私のことを罵ったのかどうかは知らない。正直こういう人間は眼中に無いです。あんたが高級な人間なら、頼むから俺みたいな下々の人間を忙しくさせんでくれ。それがお貴族社会の掟みたいなもんだろう。
ちょっと前に、ブログの方で、このBBSを紹介してくれた人がいて、一度だけ覗きに行ったけれど、ぶっちゃけ呆れるほど中身が無かったので、ブックマークだけして、以降読んでいない。
勝つぁんみたいな人間が、中身もなく罵詈雑言のテクニックだけで世間から注目を集めていることを苦々しく思っている私としては、論証もなく1行罵倒のみで悦に入っている愚者は、構って欲しいんだろうから読んだよというサインは残すけど、俺を忙しくさすなという以上の感想はない。この手の人間の表現には、今日も俺の瞬殺芸が冴えたぜ! という程度の自己陶酔しか無いんだから、有限なネットリソースの無駄遣いだろう。
私はこの人のサイトに瞬間風速で百人かそこらの客をご案内することになる。居着く人間もいるだろう。不本意だが、ご立派な先生にはそれで満足して欲しい。
しかし、『低級な粘着自称「作家」』ですか(~_~;)…‥。嗤っちゃいかん、このちゃねら~並に白痴な表現力は嘆くべきことなんだろうが、私的には、ブログやジャーナリズムがどうのこうのという高尚な議論の百歩ばかり手前で、日本の言論をここまで幼児化させた原因は何かを論ずべきだろうという気がするぞ。
※ 勝つぁん吠える
【それにしても利権外道の機関紙・支那之埋仁智もとい信濃毎日新聞の下品な嫌がらせ論調よ。<知事今度は軽井沢町民 好きな泰阜に混乱残し去る>。客観報道も糞もなく法華機関紙や第三文明の見出しレベルだな。この日県議会に対して田中さんは33の議案を提出しそれらについての説明を行った。この文章はぜひ読んでいただきたい。http://www.pref.nagano.jp/hisyo/speech/gikai412.htm。敢えて解説はしない。この文章の含蓄がわからない低能にどういう説明をしても虚しいということがわかってきたからだ。】昨日の日記より。
「客観報道」という言葉にもし人格があったら、この人にだけは言われたかぁ無いだろうな。週刊誌に客観報道はありません。もちろん新聞にだってそんなものは無い。建前として彼らはそれを掲げたがるけれど。で一方、週刊誌が新聞を叩く時の決まり文句のひとつは、「客観報道に徹するべき新聞が…‥」とか来るわけです。自分らは新聞よりさらに客観報道から外れているくせに。
田中康夫長野県政の、最初の選挙の時から、「客観報道」などというものは微塵も無かった。中央メディアによる露骨な田中への肩入れがあっただけだ。そのマスコミ工作を裏で熱心に仕掛けていた当事者である勝谷誠彦の口から、今頃になって「客観報道」などという空虚なせ台詞が大上段から出てくる。
おいらは低脳で低級な男だけど(^_^)/、お宅は、勝手に虚しくなる前に、あんたの言動に客観報道はあったのかい? と胸に手を当てた方が良いね。
【 しかし因縁付けやすいネタだけ取り上げてその他の部分を3行で済ませる5流県紙しか読むことができない気の毒な信州の人々はそれを知らずに生きていくのだ。】
こういうナイスな行もあるんだが、上の「第3文明の見出しレベル」という辺りも含めて、ま、ヤヌスの鏡ってところだろうか。
※ 中国首相の「弾ける発言」
小泉さんとのやりとりで、ODAの中止を巡って、事実上の恫喝があったわけですね。さすが中国人です。態度だけはほんにでかい。でもこういう時に怒っても仕方ない。
以前から書いているように、私は現状での、対中援助に全く反対というわけじゃありません。それで浮かした予算が軍事費に回って、東シナ海で騒動起こしているというのは腹立たしい話ではあれど、それとて日本の防衛力整備に貢献していると言えなくもない。
この問題に関しては、国民の間にいくつか誤解があって、まず無償援助自体は相当減っている訳です。有償の部分に限定すれば、中国は良い投資先でしょう。ところが外務省も中国も、それらの援助が具体的にどう使われているかを全くと言っていいほど広報しない。酸性雨を減らすための環境保全や日本語教育に使われているということを宣伝すれば良いじゃん。中国だって、日本のメディアを毎年招待して、こんなにもODAが役立っていますと取材させりゃ良い。
それを中国国内では隠蔽、日本の納税者にも宣伝しない。中国は、日本がODAを絞れば、人民の憤りが炸裂するみたいなことを言うが、そもそも日本から長年に渡って様々な援助があったことすら報道させない連中がなにをかいわんやの部分はある。
感謝の意思表示も無いとあっては、そらいくら、来年が60周年だと吠えてみても、日本の世論は硬化するだけでしょう。つまりここには、外務省、中国双方のあまりの戦略の無さが招いた自業自得という側面がある。それを当事者が理解して実行しない限り、善処の余地は無い。
※ メルマガおまけ ブラックホークダウンのその後
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コメント
日本のODAですが中国ではちゃんと報道されいますよ。
投稿: kuku81 | 2004.12.04 19:28
↑
シナ.comをちらっと調べたら、韓国がソウルオリンピックを機会にODAを卒業した事例をあげて、2008年のオリンピックか、2010年の上海の万博を機会に卒業させられるんじゃないかと言う中文の記事がありました。
ネットの記事を読めるのがどう言う生活レベルの中国人なのかはわかりませんが、日本のサイトを攻撃する中国の黒客にしても、ネットとコンピュータが使えないと何もできないワケなので、そう言う方たちでも、シナ.comの中文の記事ぐらいは読めるのではないかと。
投稿: Y-MAT | 2004.12.04 22:06
ちなみに該当記事のアドレスはこれです。
↓
http://news.sina.com.cn/c/2004-04-21/09442364493s.shtml
投稿: Y-MAT | 2004.12.04 22:08
初めて書き込ませていただきます。
日記、いつも読ませていただいております(メルマガ登録者です)。
私は大石さんも山形さんもどちらも好きな者なのですが、今回のこの件に関しては大変驚きもし、正直山形さんに対してガッカリしました。
山形さんがいったいどういう理由でこういう罵倒一行レス(としか言いようがない)を書いたのか、まったくもって理解に苦しみます。
散漫にしょうもない感想を書き綴っただけのまとまりのない文章でまことに申し訳ありません。
しかし今回の件について私と同じような意見を持たれた方は多いのではないかと思い、投稿させていただきました。失礼いたしました。
投稿: 秋 | 2004.12.05 14:04
山形氏が何者かは私は知りませんが、公の場であーゆー発言をされる時点で言論人としては終わっています。
相手にされない方が良いと思いますよ。わざわざ同じ低レベルの土俵に上がらずとも、軽くいなしていれば良いと愚考いたします。
投稿: RPG | 2004.12.05 18:34
低級だ粘着だというそれこそ単に罵倒していることが明確な罵倒語については正直どうでもいいのですが、自称「作家」という言い方に関してはまことに不謹慎?ながら面白いなと思いました。
そもそも「作家」という職業は何をもってその職業に携わっていることを認められるのか非常に曖昧です。極端なことを言えばウェブでエロ小説を公開している人や同人誌書きから文学者・エロ小説書き・ノベルス書きをひっくるめて作家と呼んでも、また自称しても問題無いわけです。少なくともそれをしたと言って訴えられたり逮捕されたりすることは無い(まぁ、エロ小説の場合は別の理由でとっつかまる可能性はあるけど)。また「作家」の資格認定制度があるわけではないのでどこまでが作家であるという基準も無いし、世間のコンセンサスを基準にすると言ってもこの定義はまちまちなわけです。そもそも「売れている・売れていない」とかで決められる問題では無いし、内容の程度で決めるにしても誰が決めるんだという問題がある。
で先述の山形氏の場合「自称『作家』」って書いているわけです。これは彼の基準から考えると大石さんが「作家」じゃないと言いたいんでしょうが、果たして彼の「作家」の基準って何なんだろうか? 言論人だったら少なくともそれを明らかにして(たとえ「世間」のコンセンサスを理由にするのでもそれを明記すべきでしょうね、誤解を避ける為にも)書くべきでしょう。よもや言論人だったらこういう判断が分かれるようなところでいい加減に書くとは思いたくもないんですが、もし単純な罵倒と同じように無意識に使ったとしたら文章書きとして失格だと思います。
山形氏の著作を幾つか読んでいる身から言わせて頂くと、氏は勝谷さんと同じような感じの文体が持ち芸の方です。個人的には売るための文章でそれをやるのはある程度までは許容されても良いのではないかと思うんですが(だから「低級」「粘着」というのはその範疇ですよね。まぁ、それを嫌う・批判するかどうかは個人の考えによるわけですが)こういう語の定義を正確に為さない罵倒というのはちょっと頂けないですね。批判した時に逃げ道を作るわけですから。そういう点でちょっと山形氏にはクルーグマンやロンボルグの翻訳といった結構良い仕事をしているだけにちょっとがっかりですね。
長文申し訳ない。
投稿: スコップダンディ | 2004.12.05 22:44
この話は何度か書いているんですけど、バブル時代に、テロ朝で深夜のディベート番組をやっていた頃、丁度国会で漫画の過激な性描写が話題になって、池田満寿夫が、それがテーマの番組中その雑誌を手に取り、「こんなのは芸術でもなんでもない!」と批判したことを未だに覚えてまして、私はその瞬間、ほう、おまいさんが芸術のガイドラインを決めんのか…‥と、白けたんですよ。
それで、山形が作家という言葉の定義をどこに置いているかには何の興味も無いけれど、受け手である外部、というか消費者が、ある種のランク付けをして楽しむのは致し方ないと思っています。
でもその内部にいる人間がそれやっちゃダメでしょうね。そういうカテゴライズは結局のところ、回りまわって自分の首を絞めることになるんです。オリンピックのルールが細分化され過ぎてつまらなくなる程度ならまだしも、最終的には、多様性の喪失を招いて、気が付いたら自分が物言う場所すら無くなっていたなんてことになるかも知れない。しかもそれを素人並みの嫉妬心でやる奴は、とっとと退場しろですよ。
投稿: 大石 | 2004.12.06 01:33