日露戦争100周年
水曜、22時起床、2時から6時前まで次男を抱いて過ごす羽目に(>_<)。寝たなと思って3度、ベッドに置いてみたが、いずれも失敗。脳内において極めて精密な加速時計が抱っこスイッチと連動しているみたい。さすがに5キロもの人体を抱え続けるのはしんどい。しょうがないんで、ディスカバリーchを見る。「三畳紀の巨大生物」を見る。DC-9ほどものサイズの魚竜化石を掘り出す。舞台はカナダのバッドランドで、主人公は女性の学者なんだが、国立科学博物館の真鍋博士、恐らく真鍋真先生のことだと思うが、発掘作業に参加していて結構長い時間解説が流れる。こういう時、日本人学者の説明はたとえ英語でもだいたい更に吹き替えが入るんだが(日本だと字幕スーパーだが、文盲度が高い欧米では吹き替えになる)、まんま流れるんだよね。珍しい。
朝一でコンビニに出掛けて週刊文春をゲットして康夫ちゃんの週刊誌辞令の記事をコピーし、発売日が明日の長野へ送る約束があったのだが疲れてそのまま寝る。女房に買いに行かせる。
12時、やっと起きて(寝過ぎだってば!)、記事を読む。文春よ、康夫ちゃんの100パーセント売り込みとはいえ、今どきこの脳天気なマンセーは無いだろう _| ̄|○
EOSで撮影してJPEG編集後、無事送信する。その後も二時間次男を抱きっ放しで日記が大幅に遅れる。
長野県議会には、その内、田中は自滅するよ、と呑気に構えている人もいるらしいが、そんなわけ無いじゃない。自滅を言うなら、この泥船はとっくに湖の底に沈んでいる。ところが、水面には、「マスコミ」というとびきり偏った偏向フィルターが張ってあって、それ越しに水底を透かしてみると、単なる泥船が金ぴかに見えてしかもスイスイ水面を走っているように錯覚させるわけだ。
※ 日本サッカー辛勝
筑紫さんは昨日の多事争論で「諦めない勇気を貰った」とか言っていたが、そんな場合じゃないだろう。いくら欧米の倶楽部サッカーで経験を積んでいるとはいえ、たかだかオマーンを相手にホームでこんなに苦戦してどうするよ。
※ NHKその時歴史は 日露戦争記念
産経新聞に、ここ2週間ほど、日露戦争に関する優れた特集記事が連載されていました。それを読んでいて感じたのは、あの戦争は勝つべくして勝ったんだなと思いましたね。逆に太平洋戦争は負けるべくして負けた闘いだった。
ただ、私がそれでも「辛勝だった」と言うのは、日露戦争に於けるあらゆる局面において、恐らくはどのピースが欠けても日本は負けていた。もし山本権兵衛が西郷に加勢しようと薩摩に帰り、そのまま戦に参加していたなら(西郷に説得されて軍学校に帰ったことになつている)、帝国海軍がその後急速に近代化することは無かったし、当時、アメリカの世論がロシア寄りだったことを理由に渡米を固辞した金子堅太郎の努力が無ければ、あるいは村田銃と下瀬火薬が無ければ……。つまりはどの要素が一つでも欠けていたら、たぶん日本の勝利はなかったでしょう。もちろん言うまでもなく、最大の功績者は、薩摩閥です(^_-)/ 逆に足を引っ張ったのは(以下略)……。近代戦争において、ひとつの群落の出身者がこれほど多数貢献した事例というのは、世界史的に希有な現象だと思いますね。太平洋戦争で日本が負けたのは、海軍がその後○×閥へと変貌したからです(~_~;)。
しっかし、日露戦争をして敵失で勝ったなんていう輩はいったいどんな歴史を学んできたんだろう。
※ 駅の電気、パソコンで無断拝借…会社員を書類送検へ 読売
これが酷いのは、ほんの5分間拝借したところで鉄道警察隊員に発見されたということです。権力の濫用以外の何ものでもなく、強く抗議したい。警察は違法行為なら何でもかんでも逮捕すりゃいいってもんじゃないんです。せいぜい説諭で済ますべきことは山程あって、こんなことにエネルギーを割くことが、市民のためになるわけじゃない。
※ 米BSE牛は「へたり牛」でなかった?…関係者ら証言
テロ朝Nステにて、先週放送事故があって放映されなかったアメリカからのレポートで、「へたり牛じゃない、元気に歩いていたよ」という衝撃的な証言が明らかになったわけですが、あんな国でも当然、食の安全を追求している人々はいるわけで、ただ日本と違うのは、どうもこの頃、この手の消費者団体てアメリカじゃ元気が無いんだな。生産団体の方が圧倒的に強い。
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コメント
>薩摩閥
ここで乃木の話をだすのはアンフェアですかね(^_^;)
長(自粛)が足を引っ張ったのは同意いたしますが、陸でいえば、作戦総責任者の児玉源太郎はは徳山、海でいえば秋山真之は松山ですからねぇ。この人たちがいなければ、大山東郷はどうなったんだろうという意地悪い気分も芽生えます(苦笑)
その後の海軍は閥なんてあったんですかねぇ?強いていえば兵学校閥?
投稿: 七師三等兵 | 2004.02.20 13:31
さすがにここで乃木の固有名詞を出すのは拙いかと(~_~;)。
秋山はともかく、丹波哲郎、あいや児玉源太郎はちょっとおいしい所だけ持って行ってやしないだろうかという気がしないでも無いですが。
投稿: 大石 | 2004.02.21 08:26
>丹波哲朗
そりゃぁ、「ああ二〇三高地」ではあの方をいかにかっこよく見せるか、がすべてですから(苦笑)実際は開戦前からかなり苦労してたみたいです。その後の奉天会戦も児玉の功績は大なわけですし。
それに伊地知幸介に、私は少し同情してます、上司があれじゃぁねぇ。先生も同郷としてやはり思うところがございますか?
投稿: 七師三等兵 | 2004.02.21 23:13
伊地知幸介 この人に同情しちゃったら戦死者に対してあまりにも気の毒な気が……。
投稿: 大石 | 2004.02.22 10:00
>戦死者に対してあまりに気の毒
御意。
総括としては、今月号の『諸君』の特集にあるように、日露こそまさに、藩閥が良い意味で生きたことを含め、国家総力戦だったってことですかねぇ。
なんで太平洋戦争はあんなになったのかなぁ。やっぱ第一次世界大戦で勝ちを拾ったのが最大の蹉跌ですかなぁ。
投稿: 七師三等兵 | 2004.02.22 20:51
>なんで太平洋戦争はあんなになったのかなぁ。
第一次大戦後のシベリア出兵が、ケチのつき始めだったと言
う説に一票。
大英帝国にとってのボーア戦争。旧ソ連のアフガン侵攻。米
国にとってのベトナム戦争。
これを何とか乗り切れてたら、第二次世界大戦も、もっとう
まくやり過ごすことができていたのではないかと、妄想して
います。
(第一次大戦については、対華二十一ヶ条要求も、後々祟っ
たことを忘れてはならないでしょう。遅れてきた植民地宗主
国を目指すのならば、もうちょっとクレバーな手を使うべき
だったような…)
投稿: Y-MAT | 2004.02.23 12:23