羮に懲りてなますを吹く
※ 水野真紀さんと後藤田衆院議員結婚へ 学生時代から友人
ホッ、美紀で無くて良かった。ニアミスって奴かぁ(~_~;)
※ コマンチ・ディスカバリーch
うーん、今時スナップターンって、たいがいの武装ヘリはやってのけるしなぁ。結局、コマンチと言えどもマニューバーではそんなにたいしたことが出来るわけじゃないんだよね。ユーロタイガーの方が遙かに無茶なマニューバーをやっている。このスカウトヘリの強みは、結局トータル・システムですよね。
「コマンチは、2050年代まで活躍する。純粋なヘリの開発はこれが最後になるだろう、次は反重力機になる」陸軍高官弁。ほんとかぁ? 反重力機を開発するまで、あと4世代は羽付きヘリを開発する羽目になりそうな気がするけど。
その後もヘリの一時間番組があったけれど、英陸軍てリンクスの曲技チームを持っていたんだ。リンクスってのも、ぱっと見た目は平凡なヘリだけど、なかなかどうしてあれで良い性能なんですよね。
コブラ衝突、合掌。
※ バスの車内放送
なんか、勝谷先生、熊本から宮崎へ向かう道中御難だったそうですが、実は私が一番驚いたのは、一見してヤクザと見紛うばかりのあの人相の男性から、そりゃ丁寧な物言いだったろうけれど、テレビが煩いと迫られた運転手が、はいそうですか、と首を縦に振らなかったことです。きっとこの運転手氏の直感では、こいつは都会もんのヤクザだ。言葉は丁寧だが、舐められちゃならん! という決意があったろうと思いますね。
ま、たぶん土地の言葉で迫ったら、もう少し対応も違っただろうと思いますが、こういう時は、一見さんより地元民の嗜好優先ですからね。
今ではどうか、以前、鹿児島空港から鹿屋へと走る2時間のリムジンバスでは、道中、ずっと地元のMBCラジオの「城山雀」という長寿番組が流れていました。はっきり言って地獄でした(-_-)。この苦痛は田舎を捨てた者にしか解らない。ほとんど拷問だと思ったから、私は敢えてこのルートは通らずに鹿児島市内経由で帰ったり、耳栓してました。どっちにしても、バスや電車に長時間乗る時には耳栓は必須です。ボリュームを下げてくれというのは利用者の十分な権利だと思うが、耳栓で自己防衛するのも、やはり旅慣れた人間の鉄則だと思う。
※ 財政出動すべきだったかも?
昨日のピーター・タスカの記事に関して、以下のサイトを読者の方より教えて貰いました。
経済コラムマガジン
丹羽春喜
亀井静香勝手連(日本財政研) BBS
ちょっと驚くのは、一番下の亀井静香勝手連のBBSですね。政治家を囲むBBSなんて荒れ放題で何ら読むべき所は無いと思っていたけれど、非常に骨太な議論が活発に交わされています。
最初の経済コラム・マガジン、執筆者がどういう人なのかの情報がちと見あたらないのですが、やはり経済問題は、このくらいの分量を費やして書いて貰わないと、なかなか凡人には理解できない部分がありますね。
私は、リチャード・クーのファンですから、実は財政出動論者です。昨夜Nステに出ていた木村剛氏(ニフティにブログがある)はまるで逆で、むしろ一時期、リチャード・クーを目の敵にしていたように記憶しています。
私は、田中康夫長野県政が誕生した頃、康夫ちゃんが散々吠えた、「10年間100兆円もの公共投資は無駄だった、景気は回復しなかったじゃないか?」という論法に対しても、「下支え効果はあった。あれが無ければもっと酷いことになっていた」と書いてきた。
なぜ国内に対して財政出動が出来なかったか? 結局、日本人は羮に懲りてなますを吹いたわけですね。マスコミ的には、「100兆円投入して景気は回復できなかった」という短絡的な発想の方が受ける。しかも最悪だったのは、政府が約束した行財政改革がちっとも進まなかった。
だから小泉政権のような、引き締め論をモットーとする人々が日本経済の舵取りをすることになった。それはアメリカからも強制され、一方で彼らは、国内に回るべきお金をまんまとむしり取ることに成功したわけです。
それで、為替に関しては、こんな無茶なことをやっている国が、ここで、再び財政出動論へ転向するかと言えば、それも無いわけですね。だって、財政を引き締めようが拡大しようが、行政改革は進まないし、公共事業依存体質も改善されないことを国民は悟ってしまったから。そもそも経済学者もメディアも、ここまで借金を抱えておいて、なお札束をばらまけなんていう論法には絶対に乗れないでしょう。
* ちなみに、木村剛氏のブログの初回2/5日付けは、日亜化学の青色発光ダイオードの裁判に関してです。これもなかなか面白いアプローチだと思いますね。
日垣隆氏のメルマガ読者の皆様、ファンとはいえ、正直あなた方はちょっと高い買い物をしているかも。
※ 週刊エコノミスト 3/2日号。日垣隆・敢闘言より
【 声高に経済制裁強行を言い募る人々が日本では発言力を強めてきた。だが拉致問題と経済制裁に、因果関係などあるのか? 90年8月に始まった対イラク経済制裁がもたらしたものは、医療品と食糧の欠乏による毎月数千人単位の子供たちの死だった。犠牲になるのは、いつも幼き者たちである。】後半4分の1部分です。
以下、岡崎久彦風に音読のこと(~_~;)。
今週号はもちろんね、北朝鮮訪問レポートなのですけど、まあ、子供が死んでいるという話を出しゃあ世間は納得するだろうなんてのは偽善の最たるものだと思いますね。2点ほど、不用意な表現もあって、実はイラクは農業国で、経済制裁下でも食い物には困っていなかった。イラクは中東一肥沃な土地を持っています。せいぜい、長年の経済制裁で、灌漑設備にガタが来ている程度。配給制度も機能していて、フセインはその辺りの宣撫工作にはとても熱心な男だった。だから食糧の欠乏は無かった。
あと、たとえば乳児死亡率という話になると、実は、先進国ででもなければ、子供ってバタバタ死ぬんですよね。その辺りを、先進国のセンスで、途上国の死亡率を云々言っても意味無いことだし、この手の数字を出して湾岸戦争前より死亡率がこんなに上がったと報告するNGOとかいるけれど、まあぶっちゃけ、もともとのイラクのデータの信頼性が当てにならない。(もちろん上がってはいる。湾岸戦争後、97年辺りで、乳児死亡率は戦争前の2倍になり、それは日本の30倍らしいという数字を発見)
「だが拉致問題と経済制裁に、因果関係などあるのか?」 これも変な表現でして、因果関係を持たせようというのが、日本の狙いに他ならないし、それは早くも効果を上げつつある。ただ、何度も言うように、この経済制裁は、拉致問題を解決するためのものではなく、北の体制を倒すためのものでなければならない。
さて、凡庸な人間というのは不幸なことに、起こったことでしか物事を判断できません。歴史上起こったことでしか、物事を判断できない。しかし一方では、ある時点でその選択をしたことが原因で、起こったかも知れないことを回避、阻止できたケースも確実にあるわけです。
イラク制裁に関して言えば、それはイラクの再軍備を阻止し、更なるクウェートへの侵略は起きなかったし、クルドへの虐殺も最小限に留めることが出来た。しかも、どうやら大量破壊兵器の開発備蓄すら阻止できたらしい。
「それで子供が犠牲になりました」なんて陳腐な物言いは、子供には受けるだろうから、小学校の先生相手にしとけば良い。きっと喜んで貰えるだろう。日垣先生。
この頃、北朝鮮の食糧事情を調べているんですが、統計上はそんなに酷くは無いんですよ。あとは国民一人当たり、カップラーメン一個分程度のカロリーが必要摂取量に足りない程度です。じゃあ何でわれわれはあんな飢えている情報ばかりに接するかというと、富の偏在が酷いですからですね。流通に問題はあるし、軍は余計に分捕っているし。だからどうしても百万単位で飢餓線上を彷徨う人々が出てくる。しかしそれは北朝鮮自身の問題であって、経済制裁云々はもとよりわれわれが援助するしないの問題ですら無い。それをやっても改善されないことは解りきっている。原因はあちらに内在しているんです。
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コメント
>しかしそれは北朝鮮自身の問題であって、経済制裁云々はもとよりわれわれが援助するしないの問題ですら無い。
というのはまぁその通りだと思うんですが、
>「金正日体制というのは、他人の国の体制じゃないですか。基本的にその国の人が決めるべき問題でしょ?」 今日の新しいデムパ・キャラ 升味佐江子・弁護士・自由人権協会理事
と論理が一緒だと思うんですけど。
経済制裁も経済援助も、外から他国の体制を動かそうとしている点で等価じゃないでしょうか。
投稿: 負け組 | 2004.02.24 09:13
イラクの場合、経済制裁は薬品の供給にも影響してたらしい。
http://www.geocities.com/ceasefire_anet/misc/iraq_shiva.htm">http://www.geocities.com/ceasefire_anet/misc/iraq_shiva.htm
投稿: tamu | 2004.02.24 10:41