大義を論じることのファンタジー
※ 米議会でリシン発見
いよいよ、次は天然痘の出番だね。
※ 水曜テロ朝、朝刊瓦版。
せっかくライブで観たのに、勝ちゃん、デムパ不足でパワーを感じられず。
※ 大阪、開かずの踏切で小学生重体
子供がそういう行為に及ぶと言うことは、当然大人がいつもやっていたということですね。ただ、素朴な疑問なんだけど、30分開かないということも珍しくなかったというのであれば、せめて学区割りにおいて、子供がそういう危険を犯さずに済むよう線路で分けるということは出来なかったんだろうか。
※ 世界最長の直行便、シンガポール―ロス16時間
エアバス社の最新鋭機(A340―500型)で、復路は18時間30分らしい。
機内にサウナでも置いて貰わなければ乗れないだろう。これはもういよいよ、シート方式は止めてカプセルホテルみたいな蚕棚方式にして欲しいね。
旅客機のキャビン空間て、実は結構無駄使いしているんですよね。ファースト・クラスなんて、シートの上、三分の二はただの空間ですよ。どこかのエアラインで計算してみないものですかね。蚕棚構造にした時の重量計算やシート数の増減とか。
※ 「日本に原爆を落としたアメリカの大義無き~」
元防衛庁幹部にして新潟県加茂市の小池市長弁。昨夜のNEWS23での発言ですが、あんたそれ、原爆を落としたアメリカうんぬんなんて言い出した時点で、もうただのデムパ親父だろう。そんな民族の怨恨や感情論で語るべき問題か?
※ 日垣隆、メルマガ三題
http://www.ykanda.jp/lite/lite.htm
↑ここに、1984年に発売された富士通OASYSの記事があります。22万円だったそうです。何度かオアシスを買おうと思った頃がありましたね。バックライト液晶になってから、売れっ子作家さんの相当数は編集者の薦めに従ってオアシスを買うようになった。ただ、明らかに他社より高かったんですよね。私の場合は、家ではシャープのデスクトップ(デスクトップ・モニタータイプの商品は選択肢がほとんど無かった)、外でもシャープのブック型を使っていたので、結局オアシスは一度も買うことなく、パソコンへと移行しましたが。
>>緻密な取材・調査と卓越した論考、そして論争相手を完膚なきまで叩きのめ
すことで知られるジャーナリストから <<
これは昨日配信されたメルマガに掲載されたもので、業界人であるらしい方の日垣評です。
変わった人ですよね。自分のメルマガで、極めて頻繁に、いかに日垣隆は偉いか、凄いか、一流か、努力家、紳士か真摯か、愛されているか(~_~;)を訴える読者からのお便りを掲載する。人から誉められていないとやっていけない。またそれを人に披露しないと気が済まない性格というのは、どこかの県知事に似ていますが。
日垣隆が論争相手を完膚無きまでに叩きのめして来たという事実はありません。それは日垣隆自らが演出して来た自分を偉大に見せるためのあざといトリック、幻想に過ぎない。
たとえば、田中康夫政権が誕生して以降、彼が誰かと論争して叩きのめしたという事例が何かあるでしょうか? 皆無です。少なくとも言論界に関しては皆無です。
そればかりか、彼は、あたかも誰かを叩きのめしたかのような嘘をばらまいて来た。潮匡人氏に対しては、何の関係もない、彼が教えている大学の学長が北朝鮮絡みのNGOのバックにいるというだけで、某かの反論を求めるような(そしてそれは出来ないだろうと自ら落ちを付ける)ことを書く。
出直し知事選の時のテレビ討論では、一切そんな事実は無かったにも関わらず、論戦相手は反論できなかったと書く。一方で、自分が批判されたことに関しては、一切コメントしない、逃げてばかり。
言ってみれば、都合が悪くなればいつも逃げ出す2ちゃんねら~が、一歩その外へ出ると、俺は連戦連勝だと言いふらしているようなものです。それを真に受ける人々が残念ながら一定数いる。
ちなみにこの人の文章、この後にも全く歯が浮くような誉め言葉が連綿と続くのだが(ある種の希有な才能だと思う)、この文章は、先日のライターうんたらにおいて、参加者全員による優秀賞次点を貰ったのだとか。正直、私はこういういい歳こいて気持ち悪い連中とは一切関わり合いになりたくない。
>> ◆イラク戦争開始の「大義」を不問に付せという産経抄さんへ
これは、そもそも過去の戦争において、まともな大義や正義があった戦争など無かっただろうという、産経新聞の産経抄に対するお小言なのですが、正直、大義なんていらんだろうと開き直る産経もどうかと思うんだが、強いて言えば、言わせておけみたいな(~_~;)。
このイラクの戦争に大義はあったのか? 大量破壊兵器はどうもアメリカが期待していたほどの量は無かったらしい。
今、日本において、大義はあったのか無かったのか? という議論をすることは、あまり前向きなことでは無いなと思います。
大量破壊兵器という一点に絞るなら、アメリカはへまをしでかした。それは欺瞞でしか無かったかも知れない。
その一方で、震え上がった国々がある。フランス頼みだったリビアのカダフィは、結局は英米に屈した。これでもし北朝鮮の金正日がアメリカに屈するようなことにでもなったら、日本国内においては、大義を巡る議論は雲散霧消するでしょう。
ここに、歴史的な視座を持ち込んで、たとえばここの10年の中東情勢を考えてみましょう。第一次湾岸戦争で、世界は住みやすくなったか? と言えば、明らかに否です。あれはクェートからイラクを叩き出すという大義のある疑いようのない正義の戦争でした。ところが、フセインは倒れなかったし、アメリカが中東に居座ったことで、アルカイダなど反米勢力が跋扈する理由を作ってしまったし、何より、当時約束されたクェートの民主化は全く反故にされた。
大義は正しかったし、戦争も楽だったし、最低限の目的も達成したが、世界は決して安全にはならなかった。
今回の戦争は、大義は嘘っぱちだったし、戦争も楽だったし、最低限の目的は達したが、今も犠牲は払い続けているし、状況に展望はなく、しかし一方で、棚ぼたのごとく恭順の意を示してきた独裁国もある。そして10年後どういう評価を得るかは、今この状況に耐えてイラクを再建できるかどうかにたぶん懸かっている。
この戦争の大義を論じることにも意味はあるでしょう。しかし、結論は解りきっている。私のように、あらゆる独裁国は軍事力を行使してでも倒す価値があると信じている人間は残念ながら少数派です。アメリカが掲げた大義に真実はなく、しかもそもそもの動機が不順だった。これは誰が論じても百人が百人、「大義は無かった」で終わることは間違いない。
しかし、「大義は無かった」ということを国家としてひとたび認めたならば、これは現在進行中のアメリカの作戦行動は、単なる侵略戦争であることを間接的に認めることになる。「この戦争に大義は無かったけれども、イラクのためにわれわれは犠牲を払う」と宣言したとしたら、国民のかなりは政府を支持するだろうと思う。しかし、マスコミと国会は違う。彼らは、それを言質としてイラクへの展開反対の理由とすることでしょう。それは致し方ない。彼らの仕事だから。
私の提案は一つです。日本にとっての大義を論じよう。アメリカの戦争に大義があったかどうか? 無かったらどうすべきかの議論はアメリカ人に任せれば良い。それを日本人が論じて、イラク出兵の是非の根拠にするのはナンセンスです。なぜなら、今の状況は、国連主導下、あるいは仏独露中が参加した多国籍軍による戦争と戦後処理の過程においても、起こりえた可能性が十二分にある。野党やマスコミは、そういう状況下でも、この戦争に大義は無かった、だから出兵は間違っていると言えるか? と言えば、言えないわけです。彼らが金科玉条に戴く国連の決定や、先進各国の指導によるイラク統治の前には。
アメリカの大義を論ずることは、イラクのこの現状の前に於いては、その状況にコミットしないことの方便としての意味しか持ち合わせない。それは国際政治のリアリズムにおいてファンタジーを描く行為に過ぎない。
では今、日本にとっての大義とは何か? それは、果たして日本が参加することによって、この状況の打開に貢献できるかどうかを論じることです。出来ない、その見込みは無いと判断できたら、のらりくらり逃げ回って金だけ出せばいい。われわれが今、論ずべき大義はそれです。そしてひとたび大義を掲げたならそれをアメリカに突きつけることです。犠牲を払う覚悟で背後を守るから、きちんと展望を拓けと。
>> 産経抄がイデオロギー的アジテーションでは俄然右翼街道をまっしぐらに突き進むのに、例えば理系分野になると途端に小学生以下の作文になってしまうのは、ご愛嬌と言うべきでしょうか。
ちょっとだけでいいから技術開発の現場を見てみようね、産経のぼくちゃん。<<
産経が右翼街道を突き進むというのと、理系分野の記事が怪しい、そしてそれはご愛敬と言うべきかという、この三つの文章には何の連携もありません。強いて言えば文脈がバラバラです。遺憾ながらこういうのは、小学生並みの文章だと言わざるを得ません。日垣のボクちゃん……。
>>★発明の対価としての200億円。その本質はどこにあるのか
これはちょっと違うなと思うのは、会社が彼に対して在職中どれだけ嫌がらせして開発を妨害したか日垣さんは縷々書いてらっしゃるけれど、そんなのプロX向けのありがちなエピソードに過ぎない。ここで唯一重みを持つのは、彼は、その嫌がらせを受け続けた会社に在籍し続けて給料を得て結果を出したということです。見るべき事実はその一点だけ。
もう一点。インセンティブを与えなければ、エンジニアが海外へ逃げてゆくという話だけど、それはあり得ないでしょう。青色発光ダイオードが日本で開発できた理由は、良くも悪しくも、日本の会社風土にあるんです。たとえば、中村さんが、アメリカの会社なり大学なりで、この研究を成し遂げることが出来たかと言えば、それもまた疑問なわけです。何しろ、あちらの国は成果主義ですから。
だからギャンブルが出来る人、日本の会社風土に馴染めないエンジニアは、アメリカへ言って、結果を出して儲ければ良いんです。それだけの話。そういう意欲を持つ人間まで、インセンティブを与えて日本の会社風土に縛り付け、日本が技術開発を今後ともリードすべきだとは思えない。
よって、この問題の本質は、会社がどれだけ嫌がらせしたか? とか、会社がその儲けを独占享受する(と書いているんだが、一般論として言えばもちろん、利益は株主に還元される。日亜化学は非上場だけど)とかの問題とはちょっと違うような気がする。
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