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2004.02.07

ジェシカの影に英雄有り

 喉が腫れる。木曜日、ほんの30分、長男を連れて自転車で散歩させたのだが、異様に寒かった。たった30分の外出で喉を殺られたらしい。われわれはマスクというと、もっぱらウイルス除去に重きをおきますが、この頃は、保湿用マスクというのも出ています。私も持っていますが、外歩きの多い人は注意しましょう。
 午後に掛けては、眼がパチパチ。どうやら花粉症が始まったらしい。

※ 日本ペン・クラブ、イラク派遣反対会議

 れいによって、俺に相談は無かった。ま、良いか(~_~;)。いや、会合の案内は当然私の所にも来ているわけだ。しかしなぁ、ペンクラブとして政治声明なんか出すなよ。そういうための集まりじゃないだろう。獄中作家委員会とか、地道に取り組んでいるんだから、そっちにエネルギーを集中すれば良い。
 百歩譲って、政治的メッセージも可として良いが、左寄りな連中が、自分たちの政治的メッセージを国民に届けるために、ペンクラブの権威を利用する行為には断固反対する。個人としてやって下さい、井上ひさし様。

※ 本当のヒーロー CBSドキュメントより

 ジェシカ・リンチの英雄物語のでっち上げはどこから始まったのか? 
パトリック・ミラー上等兵は工兵隊員。イラク戦争の冒頭、敵側の捕虜インタビューで、眼鏡を掛けたひ弱そうな白人青年として登場した。

 事件当時、本隊から遅れたジェシカ・リンチが乗ったハンビーは、90度曲がって道路を塞ぐように止まっていた友軍のトレーラーに真正面から衝突。同乗四人は即死、リンチも骨折したが、そこに取り残された他の兵士たちからは死亡しているかのように見えた。
 その時、ミラー上等兵ら三名が乗った工兵隊のトラックは、リンチらから1マイルほど後方を、敵の銃火に晒されながら疾走していた。応戦する術が無いので、敵が飛び出してきたら轢き殺すつもりでいた。銃火は凄まじく、バックミラーを動かそうと手を伸ばした途端、ミラーが粉砕され、同乗の一人は、眉間に一発喰らって即死した。運転は首をすくめて、時々頭を上げて道路を確認するという困難さだった。
 リンチのハンビーが停車した辺りで、とうとうトランスミッションを殺られてトラックは停車を余儀なくされた。リンチは死んでいるように見えた。二人がトレーラーを盾にして応戦していたが二人とも撃たれて負傷していた。ミラーは、前方にイラク軍のトラックが停止しているのを見て取り、それを奪うことを決意して、仲間が止めるのも聴かずに前方へと走り出した。車は、キーが無くても動かせる自信があった。所が、前方に潜んでいる敵から応戦を受け、イラク軍が作ったと思われる塹壕に飛び込んだ。道路を挟んだ反対側20メートルほど向こうの塹壕から撃ってくる。なんと、敵は迫撃砲弾をトレーラーへ向けて発射しようとしていた。油が漏れていたので、命中したらたぶん一発で火が付く。
 ミラー上等兵は、銃を持って敵を撃った。銃を手にするのは7ヵ月振りのことで、しかも軍のテストでは不合格とされていた。命中して敵は倒れたが、銃がジャミングを起こしてしまった。銃を叩いて、また次の一発を撃つ。数秒おきに頭を上げ、リズムを持って撃った。一発撃っては銃を叩く作業を繰り返した。そして6名を倒した。敵は迫撃砲発射を諦めて一端退却したが、数十名に包囲されて投降した。

 のちにワシントンポスト紙が、敵兵を6名殺した勇敢な兵士がいたが戦死した模様だと書いた。ボルチモアサン紙が半年後、真実を書き、ミラー上等兵は、シルバースター勲章を授与された。
 当時、イラク軍の無線を傍受していた部隊の報告により、金髪のアメリカ兵が最期まで闘ったとという情報を軍は得ていたが、翻訳か何かの過程で、代名詞が「彼」ではなく「彼女」とされる間違いがあり、結果的にそれはジェシカ・リンチでは無いかという誤解を招くことになった。(この辺りは軍の作り話っぽい)

教訓1.戦場において最も重要なことは、優れた戦友に恵まれること。
教訓2.砂漠において唯一使えるアサルトライフルはAKであってそれ以外はガラクタになる。

※ 加藤健二郎『攻撃か、それとも自衛か』(現代人文社、1,500円)
  日垣隆氏メルマガ「今週の絶対お薦め本」より。

 実は、この日垣隆のメルマガで引用紹介された部分だけでも、この本がなかなか面白いことは十分に伝わってきますから、私は、加藤さんの視点そのものを批判する気は別にありません。

以下メルマガより引用*******************
 1987年から紛争地取材を続けてきた著者の発言は、凡百の専門家より数段説得力があります。

《「東西冷戦構造の崩壊以降、さらに紛争は増え続けている」などという論評が出ることがよくあるが、これはトータルに見て、大きな間違いである。東西冷戦構造の崩壊以降、紛争の数は減っていて、戦争による犠牲者の数も激減している。〔中略〕ではなぜ、国際情勢を語る専門家たちは、「紛争は、冷戦後も増えている」と言うのだろうか。一つは、激化する紛争は大きく報道されるが、鎮静化された紛争はニュース種にならないから勘違いしてしまうのである。
もう一つは、戦場へ取材に行くジャーナリストやカメラマンたちは、「自分の戦場体験はすごく危険だった」と表現したいから、「過去の戦争に比べたら大したことはなかった」とは言いたくないのだ》(P216)

《米軍などいなくても、北朝鮮は日本の領土に侵攻することはできない。軍隊が海を越えて補給ラインを維持し戦い続けることは、圧倒的な戦力、経済力をもってしてもきわめて困難なことなのである。近代戦では、一万人の部隊が戦闘をする場合、弾薬、食料、燃料などで、一日に必要な補給量は二〇〇〇トン以上になる。〔中略〕地形が複雑で人口密度も高い日本では、関東甲信越地方を制圧するだけでも二〇~三〇万人の部隊が必要》(P228~229)なのに、安倍幹事長に代表されるぼんぼん政治家たちが、北朝鮮脅威論を唱えては軍事力強化を煽っているのですね。

 著者の加藤さんは、自衛隊の訓練にもたびたび同行取材しており、実践的な評価も随所でしています。

《小隊長の指示がなければ、一人ひとりの動き方を自分で判断できない隊員が多い。小隊長が戦死してしまったら、この小隊はどうなってしまうのだろうか》(P18)。《陸上自衛隊のほうでは、拳銃を抜こうとした不審者を射殺してはいない。一方、検問であろうが指揮所近くの後方であろうが、簡単に銃撃戦になると考えているのが米軍だった》(P31)。《もう一つ気になったことは、米海兵隊の兵士は、射撃訓練のときには、全員が手元に各自の射撃成績データノートを持っていて、これには風向・風速などの気象データから、自分の射撃成績などまでが書き込まれていることである。陸上自衛隊ではこのような個人データノートは見たことがない》(P33)。《陸上自衛隊では兵士同士の間隔をあまり意識していない》(P41)。《一発ずつ撃っては評価確認をするというのんびりぶりだが、これでは戦車砲の猛反撃を食らっているはずである》
(P46)

 戦場突入体験76回という著者の文章は、とても冷静です。ぜひお読みください。
引用終わり****************************

1)まず地域紛争問題に関して、基本的なポイントとして抑えるべきは、加藤さんが述べておられるように、地域紛争の増減を語る時に、死傷者数の増減をして地域紛争が減っていると論ずるのはナンセンスだと言うことです。それはあまり意味は無い。従って、それをして加藤さんが「大きな間違い」の論証としているのはどうかと思う。
2)北朝鮮が責めて来るなんて法螺を吹く連中は、専門家は愚か、安倍幹事長に代表されるボンボン政治家ですら言って無いでしょう。それはさておき、日垣さん、
>> 北朝鮮脅威論を唱えては軍事力強化を煽っているのですね。<<
「核を持っているぞ」と脅してくる連中をして、警戒すべきだと説いたら、「北朝鮮脅威論を唱えては軍事力強化を煽っている」なんてのは、何と手垢の付いた陳腐な「煽り文句」だろうと思うぞ。
3)小隊長の指示がなければ、一人ひとりの動き方を自分で判断できない隊員が多い。
 基本的に、軍隊てのはどこでもそうです。何しろ初年兵を戦場に連れて行かなければならないんですから。ただし小隊長が戦死したらどうするんだろうというのは余計な心配です。どんな軍隊でも小隊長より遙かにベテランの下士官がいるんですから。自衛隊の場合、高齢化が進んで、むしろ下士官だらけなわけです。もし戦場で小隊長が戦死したら、逆に船頭多くして……、の状況になりはしないかと私なんかは心配します。

以下は、岡崎久彦風に音読して下さい(~_~;)。

 地域紛争は減ったか増えたかの問題はなかなか面白いテーマですね。結論を言えば、増えているというのも、減ったというのも、どちらも正しくまた間違っているかも知れない。たぶん模範解答としては、「われわれが期待したほどには、地域紛争は減らなかった。そして地域紛争はボーダレスになりますますやっかいになった」というのがまま、マジョリティが同意できる点でしょう。
 たぶん、減った派増えた派で議論を始めたら、神学論争に陥ると思いますね。たとえば、「紛争」という定義をどう取るか? 期間をどう取るか? はたまた冷戦時代のそれをどう定義づけるかで数字はくるくる変わるでしょう。たとえば、この加藤さんの引用文の中にある「鎮静化」という言葉ひとつをとっても、その定義をどうするかで揉めるでしょう。
 ただひとつ確実なことは、冷戦時代の地域紛争というのは、大なり小なり米ソの代理戦争だったわけですね。日本は無視して構わなかったわけです。イエメンがそう。印パ紛争は、実は冷戦以前の宗主国が絡む根の深い紛争だけれど、それですら冷戦構造の枠組みの中で片づけて構わなかった。東チモールだってインドネシアの覇権主義がもたらした侵略に過ぎないのに、冷戦構造の枠組みの中で語られていた。冷戦の重しが無くなった後に、旧ソヴィエト圏では、チェンチェン紛争の泥沼に陥り、バルカンが不安定になり、アフリカでも紛争が沈静化することは無かった。一方で、極東においては、その冷戦の枠組みは固定化したまま時間だけが経過した。
 そして国際社会は、一定のニュートラルな枠組みを作って、紛争解決に出て行かざるを得ない状況が増えたと言える。日本もそれから逃げられなくなった。冷戦時代なら、それは代理戦争だからと知らんぷりしてアメリカ任せにしていれば済んでいた状況が無くなり、皆で応分の負担と犠牲を払いつつ解決しなければらない地域紛争は増えたと言えるでしょう。
 そして何より、グローバル化により、地域紛争は、テロの様相を帯びて世界中に拡散してしまった。今を生きるわれわれが何より注目しなければならないのは、その点でしょう。日本人にとってはどうでも良いアフガンやイラク問題で、アルカイーダの影に怯えて、遊園地に入るのにいちいち子供のリュックまで開けさせられる窮屈な時代状況になった。それは、世界最期の地域紛争が集結するその日まで、われわれはテロの影に怯えて暮らさなければならならいという厳しい事実であり、地域紛争が増えているか減っているかの議論自体が、若干のナンセンスさを帯びていることを物語る。

 実弾訓練の話ですが、これも、事実だけ見ると、自衛隊はいかにもいい加減ということになるんですが、別にそんなことは無いんです。自衛隊で、個人の命中技量を向上させようという発想自身がナンセンスなのですから。今の自衛隊の実弾訓練の規模だと、それこそ、鉄砲の引き金の弾き方を忘れないというのが精一杯です。技量を上げようにも訓練する弾が無いんだからお話にならない。だから自衛隊では、命中率の向上ではなく、一定エリアに集弾できる技量の維持に重きを置く。これは、実弾訓練が限られる軍隊に於いては、実は合理的な発想なんです。米軍みたいに、世界で最も実弾訓練に金掛けられるような贅沢な軍隊と一緒にしちゃいけません。
 訓練中に兵士間の距離が接近しすぎているというのは、当の現場が一番認識していることで、日本の演習場の狭さを考えると致し方ない。

 時々、日垣隆がジャーナリストとしてどうしようもないな、と思うのは、こういう時ですね。地域紛争は減っているか増えているかの論争は、実は冷戦終結以降(ほんとに終わったかどうかはさておき)、ずっと保守と革新の間で繰り広げられて来たわけです。こういう時に、一方の意見が出てきたら、それに無条件に同意するのでなく、この人はこう言っているけれど、本当はどうだろうか? と疑問を感じて自ら検証するだけの視座を持たなければ駄目でしょう。実弾訓練の話にしても、じゃあ、米軍がどういう訓練を行っているかを百も承知のはずの自衛隊で、なぜそういう効率的な訓練を導入しないのだろう? という疑問を持つのが当たり前です。何もこれは軍事問題に限ったことじゃない。一方で、誰がみてもそれが理想的だと考えるビジネス手法があるのに、一方ではそれを知っているはずの別の会社が導入していないことには当然理由があるわけで、それはどうしてだろう? と疑問を持つのがジャーナリストに求められる最低限の資質でしょう。この人には、そういう所が微塵も無く、単に自分が全く知らない分野であるばかりに、人の請け売りで頷いているだけ。

>> 1987年から紛争地取材を続けてきた著者の発言は、凡百の専門家より数段説得力があります。<<

 加藤さんの視点は面白いと思うけれど、少なくとも、日垣隆に、「凡百の専門家」などと専門家を揶揄するようなセンスも資格も無い。ジャーナリスト失格と言う他はない。

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