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2004.03.28

自由を鼓舞する者

※ その資格を鼓舞する者

 土曜午後、風邪引いているというのに女房が片づけしたいからとベビーカーに次男を乗せて長男共々追い出される。週刊文春を持って丸井屋上。コンクリートの照り返しで結構暑い。

 昨日午前中、どこかのワイドショーで、東京都の養護学校の卒業式に発生した問題をレポートしていました。日の丸君が代励行のために、都教委は全てのセレモニーを壇上で行うべしという通達を出したんですね。養護学校でもそれを完全履行するために、車椅子を教師が押して上れるよう壇上に上り下りのスロープが造られた。
 それを従来型の、地べたで校長と、生徒自らが押す車椅子との対面方式が良いとする保護者との間で軋轢が起こったらしい。
 で、記者会見で石原都知事は、ちょっと不機嫌な顔で、「それが嫌だという子供まで壇上に上げることは無いだろう」と真っ当な返事をしていた。
 一方で都教委は、保護者もこれを歓迎しているとして突っぱねている。たぶん裏には、日の丸君が代に反対する教師やプロ市民がいて、このままの方が良かったでしょう? 都は横暴じゃないか? と焚き付け、都教委の側は、ここで妥協することが反対勢力への敗北だと受け取られるのを嫌っているんでしょう。
 ちなみに、この問題でニュース検索してみると、都知事と仲の悪い共同通信がしつこくレポートしている。教師側は訴訟も起こすらしい。問題の背景に何があるのかが窺えようというものです。

 週刊文春の、出版差し止め関連記事ですが、書いている面子が今ひとつつまらないので、全く期待せずに読んだのですが、さすがに数が多いと十人十色の記事を読めて面白い。
 たとえば巻頭で、立花隆氏が、これは田中真紀子の記事であって、長女の記事じゃない。「田中真紀子の政治家としての適格性を問う」記事であると主張すれば良かったものを、娘の人格の話に終始したことが法廷戦術としての失敗を招いたというもので、これはなかなか説得力がある。

 所で、そもそもこの出版差し止めは、誰が最初に言い出したのか? たぶん真紀子本人でしょう。じゃあ問題の長女はどういう態度を取っていたのか? というと、そのレポートは、週刊朝日の方にあった。彼女は自ら地裁の審尋に出席して、記事を見つつ、「あ、これ違います。これも嘘です」と証言している。それが事実かどうかはともかく。

 文春には「出版禁止事件、私はこう考える」という項目で、いろんな文化人政治家が寄稿しているわけですが、私が唯一巧いなと感じたのは、藤本義一氏の「名誉毀損ならぬ名誉過信」という記事でした。彼は低次元の喧嘩だと切り捨てていた。
 ちなみに田中康夫の「朝日、読売を嗤う」は噴飯もので、この事件とは何の関係もない、脱記者クラブ宣言の自画自賛で終わっている。他人の権利なんてどうでも良いんだよね、この人。少なくとも、そこで質問する記者の権利なんざ一顧だにしない男なんだから。日常的に記者の質問する権利を奪っている権力者が偉そうなことを言うな。

 私は、この事件に関して甘いという批判を読者の皆様から貰っているんですけれど、私が今ひとつのめり込めないのは、マスコミは普段、言論・表現の自由を訴えられるほどのご大層な仕事をしているのか? という疑問があるからです。
 報道の送り手たる人々は、情報を選別する権利があります。事実そうしなければ、仕事は出来ない。軍事問題にしか興味のない記者に、「あなたはどうして環境問題をレポートしないのか?」と問うのは無理がある。

 本年1月5日TBS系列、NEWS23にて、ゲストに呼ばれた田原総一朗は、今年の目標として「何より言論の自由を守りたい!」と発言した。呵々! 盗っ人猛々しいとはこのことです。
 田中康夫の寸借詐欺が発覚した時に、彼の番組は、その事実を黙殺して田中康夫を出演させた。それは今も続いている。こと田中康夫翼賛という次元では、テレビの雄がサンプロなら活字の雄は言うまでもなく「週刊文春」です。この雑誌もまた、寸借詐欺問題は無視して、県政会の政務調査費問題を書いた。

 報道は偏って当たり前です。最後には個人が記事を書くのであるから。紙面は限られるから取捨択一もやむを得ない。しかし、サンデープロジェクトと週刊文春が抱えている問題は、いずれも同様です。これほどまである一人の権力者に入れ込み、その人物のスキャンダルは一切黙殺する一方で、その権力者には野放図に表現(プロパガンダ)のチャンスを与えている。こんな露骨なメディアはここしばらく日本に存在しなかった。
 ここまで恣意的な表現活動を行っているマスコミに、果たして言論表現の自由を声高に訴える資格があるのか? 私は、否だと答えます。

 表現の自由は、どうやって侵されて行くのか? まさに、今回のように、国民の同情と支持を得られないようなつまらぬゴシップ記事、それもグレーゾーンでありながら権力の介入を招いてしまった時、ある種の無関心が国民に常態化することにより、権力はその隙間に染み入って来る。活字メディアの、田中康夫、石原慎太郎に接する時の露骨な身内意識を目の当たりにする度に、私はこの人たちに言論が持っている権利に関して語る資格は無いとつくづく思う。われわれが守らなければならない権利を危うくさせているものは、権力ではなく、自らの日頃の言論活動だということを自覚して欲しい。

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コメント

今日の日記とは直接関係ございませんが、例の東京地裁の裁判長が異動します。
本当は昨年12月の当該記事にコメントつけたかったのですが、不可能でした。

http://news.www.infoseek.co.jp/search/story.html?query=%8F%AC%93c%8B%7D%8D%D9%94%BB%92%B7&q=27yomiuri20040327i405&cat=35">http://news.www.infoseek.co.jp/search/story.html?query=%8F%AC%93c%8B%7D%8D%D9%94%BB%92%B7&q=27yomiuri20040327i405&cat=35

投稿: 七師三等兵 | 2004.03.28 13:58

 あ、これ書かなければと思っていたんですけれど、そういう傾向の強い裁判官がいらっしゃることはま容認するとしても、その裁判官の担当狙いで、書類出したり引っ込めたりする原告が出てくるのは困りものですよね。

投稿: 大石 | 2004.03.28 14:37

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