エンジンのトリビア
水曜午前、皮膚科へ _| ̄|○ 。私は治っているつもりなんだが、女房は全然治っていないというので。塗り薬のお陰で日中の痒みは抑えられているので良しと思ったが、新たに両手指に気になる湿疹が出てくる。夏になると、径にして0.3ミリ前後の無色透明な水疱がポツポツと指に出来る。一度に出来るその水疱の数が知れていたのでさして気にしなかったのだが、右手人差し指の先端部に、凝視すると10個前後も出来ている。ごわごわした感じで違和感がある。
ドクターの診断。足に関しては、「そりゃ治ってないですよ、アレルギー反応ですね」、と一言。指のブツブツ、掌蹠(しょうせき)膿疱症という極めてポビュラーな湿疹らしい。イメージ検索してググッで見ると、結構グロい写真が出てくるものの、そこまで酷くはない。場所が場所だから気になるという程度。ドクターの診断名(レシートとかに書いて貰えないものだろうかといつも思う)が聴き取れなかったので、異汗性湿疹かとも思ったが、処方された薬から察すると前者らしい。
以前は、汗が溜まるとか、歯の詰め物の金属アレルギー原因説が主だったが、今は原因は良く解っていないとのこと。
かゆみ止めにジルテック、足のアレルギーと指のそれは同じ薬で良いとかで、アンテベート軟膏(ステロイドではベリーストロングに分類)が処方される。
木曜朝、時差ボケは完全に解消されるも、身体が鉛のように重い。
※ 食い物屋が無い
http://www.kagakunosaiten.jp/index.html
一端帰宅して、急いで渋谷へ。いつもの科学館の夏期イベント↑に上京してきた友人と、渋谷TSUTAYAで待ち合わせ。初めて入ったがへえ~。こんなになっていたのか。ワンフロア辺りの面積はそんなに広くないですね。
109に上ってみるが、レストランフロアが一階分減っている。8階に、韓国料理屋が出来ていたが混んでいて入れず。プライムへ。確か、フードコートが新しくなったはずだと記憶を辿って行ってみるが、何と4階が閉鎖されて上れない。改めて降りてみると、そこの「多国籍から無国籍」へがうたい文句のフロアは、夕方の5時から翌朝までの営業となっている。
やむなく、井の頭線のマークシティへ赴く。結構いろいろあるみたい。丼やに入る。鹿児島は新幹線特需がまだ続いているとのこと。ほっと一息。
※ 陸自常備隊員5千人増、潜水艦も増隻…自衛隊新体制案
潜水艦増は、実質増という程度で、ここで大事なことは、対中シフトですね。いよいよイーグルの沖縄配備が決定され、下地島の軍事基地化も初めて公にされた。これで鹿屋は、第7飛行隊の廃止も消え、今後しばらくは基地機能が強化されることはあっても部隊減は無いということです。ひょっとしたら、奄美に新部隊の創設もあり得るかも知れない。
中国は相当警戒するでしょうね。イーグルの沖縄配備は、あのエリアのパワーバランスに相当大きな波紋を投げかけるでしょう。自ら蒔いた種とはいえ。
※ 関東の夏、百年後「九州南部の暑さ」
表現としては正しいんだろうけれど、鹿児島県民にしてみれば、鹿児島って、東京程暑くは無いですよ。日中どんなに気温が上がっても、夜は確実に下がるから、エアコンは夜は切れる。東京はそれが無いですからね。地面やビルからの照り返しも少ないし。
※ ダービーからツールーズへ
この日、史上稀な過酷な移動となる。朝の五時にホテルをチェックアウトしてダービーのRR本社工場へ出発。往復6時間の移動後、夕方ヒースローからパリ経由でツールーズへ。日本で言えば、中野辺りのホテルから名古屋のメーカーさんへ行って、成田へ引き返し、ソウル経由で釜山へ赴くようなものですね。
ヒースローまでは順調だったが、ヒースローで大ハプニングが。パリとのエアバス320のシャトル便が遅れて、まずデッキを離れるのに30分以上も遅れる。で、機体はヒースローの滑走路脇に到着するが、全くランウェイに入る気配が無い。その隣の誘導路からはどんどん他の機体が離陸してゆく。われわれより先に離陸する権利を得て待たされていた機体がそれだけいたということですね。時計を睨んでいたが、ランウェイ脇で50分近くも待たされた。
ヒースローは、今でもターミナルの拡張工事が進んでいるんだが、そんなことやっている場合じゃ無いでしょう。成田が一番酷い時期だって、こんなことは無かったと思う。
パリCDG2。着いた時はまだ外は明るかったが、すでに乗り継ぎ便はランウェイへ出た後、ただし、大量の積み残し客が出た模様で、エアフラは臨時便を用意。パリの夜景を見ながら離陸。この季節に夜景(当然10時を回らないと暗くならない)を見下ろせるとは思わなかった。
タイムテーブルでは、確か一時間半くらい掛かったはずだが、320型機は、ぐんぐんと上昇を続け、たぶんいつもの高度より高く上がり、最後はツールーズ目指してダイブ。日本のエアラインでも、時間短縮が至上命題の時には、燃費を無視してパーと上がって、最後はダイビングして加速して降りるんだとか。たぶんタイムテーブルより15分前後は短縮されたはず。
23時半頃、ツールーズ着。ダウンタウンのブティック街にあるホリディインにチェックインしたのは0時半。インターラーケンのボーリバージュより好きな、私がヨーロッパで一番お気に入りのホテルにチェックインする。ツールーズはここしばらく毎年のように来ている気がするが、宿泊したのはかなり久しぶり。長い一日がやっと終わる。
※ 近頃のエンジン
10年前、ダービーを訪れた時の最新のトピックスは、ブレードをいかに軽くするかでした。中を中空にしてハニカム構造で補強するのが当時のトピックスで、あの頃は、日本が総力を結集すればこの程度の技術には追いつけるなと思った。
ただ今回は、ああ、ここまで離されると、追いつくのはなかなか難しいだろうなと思いました。製造ラインには、日本製の工作機械とか入っているわけです。大元の工作技術では、日本の技術が相当入っています。たとえば、タービン・ブレードを削り出すダイヤモンドカッターの言ってみれば金型は日本製機械でした。
近頃のトピックスは、ブレードを空力的にデザインする3Dのエアロダイナミックス技術と、クーリングエアの技術らしい。
エンジンの出力を上げるにはどうするのか? と言えば、単純に極論すれば、それは燃焼温度を上げれば良いわけです。所がそれをやると、当然、あっと言う間に燃焼室の温度は、その周囲の金属のメルティング温度を超えて、エンジンが解けてしまうわけですね。それを防ぐために、空気を巡回させて冷やすわけです。
一口にタービンブレードと言っても、昨今のエンジンは、いくつものステージでブレードのファンがあります。10かそこいらのステージがありますね。一番温度の負荷が掛かるのは、当然燃焼室ということになります。そこのブレードには、先端から根本まで、恐らく200を越える穴が空いている。ブレード自体は、その一枚が掌に乗るサイズです。穴の径は、0.2から3ミリも無いでしょう。それが2列になって先端から根本まで裏表に並んでいる。
これを真鍮の細い線を上から垂らして、その線自体が中空で中に水が走っていたりするんですが、スパークさせて微細な穴を開けるんだそうです。見事な技術です。もちろん穴を開けたブレードの中自体、むれなく空気が循環するよう工夫されている。こっちで何度、あっで何度冷やして、最終的に、これだけ温度を下げられるから、ブレードは溶けないで回り続けるという仕組みです。
技術自体は凄いんだけど、火山灰の中とかに突っ込んだら目詰まりして一発で止まりますね。私はそっちの方が気になりましたが。
この頃は、ブレードと回転軸の一体整形もしているとのことですが、じゃあそれ破損したブレードの交換はどうするんだ? と聞いたら、いやまさにそれがネックで、一体交換できるまでにコストダウンするしかないみたいな言い方でした。
※ 今日書く予定だったけれど、疲労激しく見送ったテーマ
*長野県の危機管理室は無用の長物
*知事の旅行日程に合わせて800万円も支出した温泉調査のナンセンス
*日垣隆が瀬良教育長に絡む私怨
*またも少年法が……というメディアの利敵行為
明日、必ず書きます。
※ メルマガおまけ 渋谷ラーメン遍歴
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コメント
秋葉原のトップガンでエンジンの羽根が売ってましたけど、
やっぱ穴が開いていたような。
ただ細穴加工は専用の放電加工機がフツーに
売ってますね。
放電加工といえば、昔、川崎溝の口に有名な
メーカーがありましたー。もう無いのかな。
軸との一体化ですかー。旧日本軍のジェット機
開発の本とか読むと、逆に一体化しか出来なくて、
熱に弱く耐久性がなかったなんて記述が
ありましたね。
ラジコン用のジェットエンジンって
そこら辺はどうなってるんだろう。
投稿: 元川崎市民 | 2004.07.31 07:46
ひとつひとつの技術は日本も持っているんですよね。ただそれでトータルの力として結集して、セールスまで持って行く力が今ひとつ弱いみたいで。
あと日本の場合、航空機は貿易バランス解消のための商品という捉え方があったから、敢えて独自開発を目指さなかったんですよね。自動車売るための取引材料だったりしたから。
投稿: 大石 | 2004.07.31 12:55