私に関するトンでも捏造記事に関して
私の日垣氏関係サイトに、木曜配信された、日垣隆氏のメールの該当部分をRound_6としてアップロードしたので、それと合わせてお読み下さい。
下記は、今朝7時半、日垣隆氏のサイト宛に送信したメールの全文です。
****************************
題・メルマガにおける小生部分に関して
拝啓、時下ご清勝のこととお慶び申し上げます。
早速ですが、最近、日垣先生が、メルマガとして配信された記事中に、私こと、大石英司に関する記述があった模様ですが、そのほとんどが誤った情報のようなので、ここに一筆認めさせて頂きます。
小生の行にある朝日ジャーナル時代の件ですが、「玉ねぎ通信」というコーナー名の固有名詞が合致している以外は、全て間違いです。
小生はコラムニストを名乗ったことはないし、コラムニスト的な仕事をしたこともまずありません。「コラムニスト崩れ」という表現は、勝谷誠彦氏のようなコラムニスト的なお仕事をなさってらっしゃる方に対して侮蔑的なものを感じますが、小生は単なるエンターティメント系作家であり、戦記作家でもありません。朝日ジャーナルに出入りしていた時代を含めてもそうでした。
小生はジャーナリストではありませんが、「ストーカーぶり」という罵倒はお褒めの言葉と受け取りましょう。田中県政をフォローするようになって以来、やれ粘着だ、ストーカーだと、同様の罵倒を毎日浴びております。気鋭のジャーナリストである日垣先生から「ストーカー」呼ばわりされるとは光栄の極みです。
これ以上の賛辞はありません。
>つて若かりしころ「朝日ジャーナル」で「玉ねぎ通信」という欄をもちながら
まず、小生がこの「欄」を「持っていた」という事実はありません。該当コーナーは、原則見開き2頁の企画でしたが、担当編集一人、外部の構成作家一人の指揮監修のもと、われわれフリーランスや学生、サラリーマン、OLらがネタを持ち寄って纏める頁でした。小生が、その数十名いた参加者の核となる20名前後のメンバーの一人であったことは認めますが、それでも、「持っていた」という表現は、明らかに間違いであり、オーバー過ぎる表現です。
このコーナーは、小生が小説家としてデビューする数ヶ月前にスタートし、小生の記憶では、6年前後続いたのではと思います。編集長も、筑紫、伊藤、下村と交代する中で頁は生き残り、このコーナーが無くなったのは、下村編集長に交代してからで、小生は下村編集に交代する以前にすでにコーナーを抜け、本業の小説執筆に専念し、以来、朝日に顔を出すこともなくなりました。
かなり昔のことなので、具体的にいついつという日付を明示ないことを申し訳なく思いますが、小生が抜けてしばらく後、編集部の担当者が交代し、コーナーの廃止まで1年ほど掛かったように記憶しています。その間に編集長の交代があり、さらに雑誌が廃刊になったのはご存じの通りです。
従いまして、該当コーナーの中止に関して、小生は下村編集長によるリニューアルの一貫だという以外の認識はありません。当初は、半年持てばいいなと思って始まったコーナーであり、それが5年も6年も持ったことは、驚嘆すべきことであり、小さい頁ではありましたが、立派に雑誌に奉公して使命を終えたものと考えます。雑誌の世界には、潮時や寿命があり、朝日ジャーナルの他の頁と比較しても、短かったという印象はありません。どちらかと言えば、長寿企画の部類に入るのではと思っております。
いずれにしましても、田中康夫氏の圧力によって、それが潰されたという事実は無かろうと判断します。当時、われわれの頁と、田中氏のファディッシュ考現学は、硬派が売りの朝日ジャーナルにあって、編集部の内外から鬼っ子扱いされていました。それを知っていただろう田中氏が、あのコーナーを莫迦にしていたとはちょっと思えません。そのようなノイズを聴いたことは当時も、それ以降も一度もありません。
あるいは、田中氏はああ言う性格のお人ですから、何処かで「俺が潰した。だから大石が恨んでいる」と豪語なさったかも知れませんが、当時の田中氏のポジションを考えてみれば一目瞭然なことで、編集部内に、当時そのような影響力があったかどうかは明白なことです。
もしくは、日垣氏がお付き合いのあるかつて編集部にいたどなたかがそのような話をなさったのかも知れませんが、基本的な部分でのあまりの錯誤の大きさを考えますと、その人物がもっていた情報の全てが間違いであっただろうことはお察し頂けると思います。
また私は、田中氏にとって最初の選挙となった時に、「田中康夫という選択は良いのではないか?」とウェッブ上で書いた経緯があり、そのことは私のことを快く思っていない長野県民の一部の皆様も良くご存じのことです。私が、もし彼に個人的な恨みがあるとしたら、果たしてそのような言動を取るでしょうか?
小生が、田中長野県政に関するウェッブサイトを立ち上げて以来、何故に大石はこうしつこく田中を批判するのか? という部分で、愚にも付かない数多の邪推を頂きましたが、雑誌のコーナーを潰されたからだろうという類の話は初めてです。恐らくは、日垣先生は、ちまたに溢れている田中氏と大石英司の関係を邪推するありがちな偽情報の一つに踊らされただけではと思いますが。
先生に関する小生のサイトは、「攻撃サイト」だとのことですが、いかがでしょうか? 普段の先生の、穏やかな表現を使えばアグレッシブな表現手法と比較して、そう突出して攻撃的だという認識は持っておりません。しかしやむなく若干失礼なタイトルが付いておりまして、これは何かもう少しソフトなタイトルに変えられないものかと思案している所です。もっとも、その中で小生が書いたことは、単に長野県政に関わる事実関係の確認に過ぎません。もしそこに間違いがあると仰るのであれば、ぜひご指摘頂ければと存じます。なにぶん、種々の問題に関して、追撃コラムの奥秋氏の取材依頼を先生が拒否なさったりしている状況なので、小生としましても、そこに掲げた事実確認に若干の困難を来している部
分はございます。
所で、小生は、権力者である田中知事や、その権力者に対する批判的精神を捨て去って提灯をもって歩くコラムニストやジャーナリストやメディアを微力ながらワッチして批判しているだけです。中傷ではありません。中傷と批判がどこで分岐するかは難しい問題かも知れませんが、こと小生の田中県政ウォッチに関してそう受け取られることは誠に遺憾です。本来なら、長野県出身のジャーナリストや、東京のマスメディアがやるべき仕事を、本職でもない小生がウエッブ上を舞台にささやかに繰り広げているだけのことです。
「前吉村県政を一切批判しなかった信濃毎日新聞」が口癖の日垣先生でいらっしゃれば、小生の行動に若干のご理解とご賛同は頂けるものと思っておりましたが。
朝日ジャーナルの該当コーナーがどのような経緯で廃止され、小生がいつそのコーナーを抜けたかは、最後にコーナーの担当となり、その後週刊朝日で長らくデスクを務められた****氏が一番お詳しいかと存じます。小生は、彼と面識はありますが、彼が担当になる以前にコーナーを去ったので、彼と仕事をしたことはございません。もし必要であれば、彼にご確認頂ければと存じます。
上記のような理由で、田中氏がそのコーナーを潰したという事実はたぶんないし、仮にそうだとしても、その頃には、小生は編集部を離れ、小説の仕事に専念しておりました。よって、小生が、それを持って田中氏を恨んでいるという事実が成立する余地は全くありません。
ご多忙な最中にご面倒をお掛けしますが、小生からそのような抗議がメールにて寄せられたことをメルマガ上で告知頂ければと存じます。これは是非にもお願いします。
ただこれは、記事の「訂正」や「謝罪」をお願いするものではありません。単に、相手はそれは違うと主張して来たという事実のみをメルマガにて告知頂ければ結構です。先生としても、小生がここに書いたことが唯一の真相か否かまず検証したいでしょうし、これはペーパー上の雑誌メディアなどの記事と違い、所詮と申しては何ですが、所詮たかがインターネット上の情報であり、そこで興味のある読者は、自分で小生のサイトに辿り着くでしょうから。よって出来ますれば、小生のペンネームを次回は「大石なにがし」ではなく、フルネームで入れて頂ければと存じます。
なお、これは公開書簡という形式を取らせて頂きますので、小生が書いたこのメールと、もしご返事を頂けるなら、その頂戴したメールが、たとえ「坊やは、おいくちゅなのかな?」というなかなかウィットに富んだ1行であっても、プライバシーに配慮した上で、小生のウェッブ上で公開することになろうかと思いますので、その点、お含み置き下さい。もちろん、日垣先生の方で、当方からのメールを公開頂くのも全くのご自由です。
遅れましたが、新潮ドキュメント賞の受賞、おめでとうございます。今後ともますますのご健筆をお祈りしております。先生がいつの日か、その鋭い嗅覚と地道な取材力を駆使し、田中県政の実態を暴露する日が来ることを信じております。
敬具
※ 追伸、来る11月27日に、安曇野という所で、田中県政誕生の原動力になった松本周辺のかつての熱烈な支援者集団による「みんなで長野県を考える1000人集会 」という集まりが催されます。小生のような県外の若輩者も、演者の一人としてご招待を受けております。先生は昨今の県内の状況をあまり良くご存じない様子なので、もしよろしければ、おいで頂ければと存じます。
大石英司
*********************************
これちゃんと届けば良いけどねぇ。この頃、日垣氏のサイトを回している連中がちょっとレベルが低いという事実の一端に触れる機会があって、これがご本人に無事に届くかどうか不安なんだが。
※ メルマガおまけ 年賀状
| 固定リンク
コメント
■それを大石なんとかという、かつて若かりしころ「朝日ジャーナル」で「玉ねぎ通信」という欄をもちながら、同時期「ファディッシュ考現学」を同誌で連載していた田中康夫氏に莫迦にされて打ち切りとなった恨みから、執拗に田中攻撃をしているコラムニスト崩れの戦記小説家がおり、彼は私に関する攻撃サイトまで立ち上げるストーカーぶりを発揮しており、日本という国の平和ぼけぶりを思わされます。
これは、明らかにウソですね。
しなやか会の関係者には、明らかに妄想癖や虚言癖が
渦巻いている。私は「玉ねぎ通信」も「しなやか会」も
両方とも草創期から参加している、おそらく唯一の人間です。日垣隆さんが真っ赤なウソをついていると断言できます。
投稿: 斉藤久典 | 2004.10.30 20:55
一部で、この論争(?)が評判になってるようですね。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20041030#p3
投稿: Y-MAT | 2004.11.01 00:51
実はこの問題、どこか雑誌系列から取材が入らないものかなぁ、と期待しているんですが。そしたら、康夫ちゃんの威光もあって当然日垣サイド寄りで誌面構成されるだろうから、そうなったらもうこっちのもので、ガンガン抗議掛けて、俺に反論の頁を遣せ! と迫るんですが。
実は、今回も、実際に日垣さんが書くという雑誌が出るまで待とうかと迷ったんですよ。あのままの記事がペーパーに出たら、もう疑いよう無く私は反論の頁を貰えますから。そしたらもうしめたもの(^O^)/
投稿: 大石 | 2004.11.01 07:43
おそらく日垣隆さんという人は、有料メルマガの読者を、
自分の領土というか、内輪の仲間、理屈を超えて共感して
くれる人たちという風に考えているのではないでしょうか。
閉じた内輪の中であれば、何でもありだと思っているんでしょう。
県の公的な審議会の内容を漏らすことも、捏造したウソを
流すことも平気でやってしまう。そこまでして自分の
ファンや読者を繋ぎとめておきたいのだとしたら、必死すぎ
でみっともないな、と感じます。
勝谷さんといい、日垣さんといい、戦う姿勢を強調して
妙に粋がっているわりに、どうもやっていることが
お粗末です。東京のマスコミのレベルが、
かなり低下しているのではないでしょうか。
投稿: 斉藤久典 | 2004.11.01 20:15
大石さん、はじめまして。
以前から日記帳を読ませて頂いていたのですが、今回、日垣さんの有料メルマガ関連のエントリを書いたので初めてTBさせて頂きました。
日垣さんの強気な態度はもはや芸風でしか無いんでしょうか。敢闘言に付箋貼りまくって郵送したらどうなるかな、と思う時はありますが、取り巻きが見せないんでしょうね。
今後宜しくお願いします。
投稿: Giraud | 2004.11.02 01:07
どうも。木村さんのブログ、面白いですよね(~_~;)。
私も始まった頃に、どうだろうと思って覗いてみたら、荒らされまくってはいたものの、軽くいなして、ポイントな話をしていたので、お、ひょっとしたらこの人、ネット向きの性格かも知れないと思ったです。
投稿: 大石 | 2004.11.02 08:13