経済制裁効果無しの無知蒙昧を糺す
ふう~、約束の9時を回ってしまいましたね。
31日、13時起き。幸い次男の熱は7度台まで下がる。このまま発疹が出ないようだど、予防接種の副反応だったということになる。
起きて直ぐ、雪が舞い始める。たった2時間で路面まで積もるが3時には横殴りの雨に変わる。3、4センチ積もって、雪だるまが出来るくらいなんだよね。
やむなく傘を差して外出。高津駅前の府中街道は酷い246渋滞が起こっている。まったく動かない。こんな酷い渋滞は初めて見た。信号が代わるたびにほんの2台進むだけ。246の入り口までほんの5、6百メールとだと思うが、これでは246に乗るまでここから1時間は掛かるのでは無かろうか。
マンションの玄関で二度滑って転び掛ける。いつもならすっ飛んで来る階上の大家の奥さんの姿が見えないので、旅行か何かだろうか。日頃お世話になっているお礼と割り切り、雨の中40分、完全武装で玄関の雪かきに挑む。汗だく。これが一部屋でも自分のマンションなら、毎日でも雪かきするんだが。でも雪国じゃ、これを毎朝やるんだよね。ご苦労様。
自ら買い物に出て、次男を三日ぶりに風呂入れて飯って田舎に電話して仕事部屋に落ち着いたのは7時半。都合4時間半、動き回っていた。教育テレビの第9を聴きつつ、本日のメインネタ「経済制裁論」に取りかかる。
※ 新聞配達人の犯罪
世間では当然、新聞配達人にはろくな連中はおらんという偏見が昔から蔓延しているわけです。バブル時代、都市部の専売所はどこも人手不足でした。組織暴力団の人買いの現場になっていました。今で言う街金で首が回らなくなると、まずは穏便な解決策として、マル暴は、専売所に人を売る。最初の給料はまるまる借金の返済に。翌月以降も、かなりの部分が返済に回る。そうやって新聞専売所に身売りされた友人がいました。
あの時代、「貴族が作ってヤクザが売る」というのは、本当に本当の話だった。当時、初任給を聞いたら、朝夕の配達で20万円と言っていましたから、これはたいしたものです。
今でも、地域によっては、新聞配達は慢性的な人不足ですから、少々経歴に疑問があっても雇って貰える。でも、新聞配達によって家計を救われた人々は多い。それこそ数多と言って良い。どんな社会でもそうですが、たとえ専売所が、人生に傷を負った人々の溜まり場であっても、そんな人々に専売所が更生のチャンスを与えてきたことは大いに評価しなければならない。一人の凶悪犯の影で、99人の人々が、ここで救われ、あるいは成長、更生して社会復帰して行く事実を忘れないで欲しいと思う。
※ ガンダム0083
のラストだけスカパーで見る。やっぱりガンダムはこれで終わったんだよね。ガンダマーの中でも評価が分かれるシリーズだけど私は好きだ。
※ 経済制裁は効果無しの無知蒙昧
最初にお断りしますが、私は経済制裁は効果が無いという主張を完全否定する気はさらさらありません。私自身、それで拉致被害者が還ってくるかも知れないということには、相当の疑いを持っています。また、その経済制裁が、北の民衆を更に苦しめるだけだというのは、それも十分に説得力を持った話だと思います。
日垣先生のメルマガでは、この問題を主に二回にわたり、メインの記事として取り上げられたのですが、それをコピペするのは長くなるからしんどいなと思っていたのですが、私が起きた頃、それを全文、2ちゃんねるの日垣隆スレにコピペなさった方がいらしたようなので、そちらをご参照下さい。↓
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/books/1095852183/937-
>歴史を振り返っても経済制裁が成功した事例は一つもない
これは全くの嘘です。現にリビアに対しては効いた。この部分での日垣先生の論考には賛成しかねる。長い経済封鎖の後の恫喝が効いただけのことです。ま確かに、カダフィはまだ政権の座にいて、国内的にどれほど変化があったかは疑わしいわけですが。
実はフセインに対してもそうです。少なくとも第一次湾岸戦争後のフセインは、経済制裁下で、他国にちょっかい出す暇は無かったし、核開発も遅々として進まなかった。
戦前の日本にとっては効果はあったか? ありました。その後日本は暴発し、負けたでしょう? これをして効果が無かったなどというのは世迷い事です。でもちょっとこれは牽強付会。
経済制裁には効果が無いと主張している人々は、経済制裁には、それぞれ戦略目標があることを見事に忘却している。フセインに対する経済制裁は、あれはフセイン政権打倒のための制裁ではありませんでした。イラク軍の武装解除、大量破壊兵器保有を諦めさせ、クルドへの抑圧を止めさせるための制裁でした。見事に効果を発揮した。もう全く疑いようもない。
* ところで、ここで思い出して下さい。米軍のイラク侵攻に反対している人々が、あの時点では、声高に「イラクへの経済制裁は効果を発揮している、大量破壊兵器なんかない」と主張していたことを。その同じ人々が、今度は、イラクを例にして、「経済制裁はイラクでも効果が無かったじゃないか?」と仰っている。人間はこんなにもいい加減なものです。
では戦前の日本はどうだったか? アメリカによる原油輸出の停止は、まさに軍国日本の生命線を直撃しました。当時日本は、原油のみならず、資源の7割の輸入をアメリカに頼っていました。その時、日本の封じ込めに加わったのは、アメリカだけでは無かった。連合側の欧州各国もです。資産凍結も痛かった。あれは、日本に政策転換を図るためのものではなく、日本を暴発させる意図を持っての制裁だったと言えるでしょう。
ひとつ確実に言えることは、経済制裁の効果を計る基準は、どのような戦略目標を掲げて、どのような効果を得られるかです。近代史において、たかだか10人かそこいらの人質を還せ! と要求して経済制裁なんかした事例は無いわけです。ほとんどのケースは、その独裁(的)政権にとって、死活問題となるような実行不可能な目的を押しつけて経済制裁するわけです。それで相手の政権が倒れてくれることを密かに期待しながら。
でも今回は、別に金正日の失脚を迫っているわけではない。個人的には、目的はそこにあるべきだと思うけれど。ハードルとしては、相手にとっては、だったら返すか……、というレベルの話ですよ。相手が合理的な思考を下すなら、そういうことになる。
私個人は、自民党が考える、最も高度な制裁によっても、その拉致被害者が還ってくる可能性はかなり低いだろうと思うけれど、これはもう正直、やってみなければ解らない。10パーセントでも可能性があれば、オプションのひとつとしてテーブルに載せるべきだと思います。
もう一点、戦争云々です。安倍氏は、「北は暴発する可能性は無い」と見ている訳ですが、分析としては、全く正しい見方です。これまでも金正日は、南との武力衝突で面目を潰されながらも、口先だけで、一度も、いかなる報復もしていない。あの国はそういう国なんです。いざ戦争になったら、負けることを知っているから口先だけで終わる。そこが、勝つつもりで暴発した旧日本軍との違いです。
とは言っても、万に一つということもあるでしょう。ただここからが問題なのは、では北朝鮮が「宣戦布告だ!」と連呼し、実際戦争になった場合、それがどういう形態になるのか、具体的にイメージできる人間が、日本ではもの凄く限られるわけです。もちろん、日垣先生にはそんなの無理です。装甲車と戦車の区別も付かないお人だから。
経済制裁効果無し論の立場で、かつその計算ができる人間は、日本には田岡元帥しかいないわけですね。しかもその元帥の予測ですら、せいぜいが都心部での後方攪乱のテロ攻撃等しかイメージできない。
つまり、日垣先生を初めとする、この人たちの論説がいまいち説得力、広がりを見せないのは、ひょっとしたら戦争になるかも知れないんだぞ?……、という所で、話が止まってしまうからです。それがどういう戦争になるかを国民に提示できない以上、それは狼少年で終わってしまう。国民だってバカじゃないんだから、北朝鮮があの戦力と国力で、日本を相手にどんな戦争ができるかくらい、おぼろげながらも解るでしょう。
【 拉致議連に至っては、「体制崩壊をめざす」と言っている。クレイジーである。人為的に他国を崩壊させてしまったら、その責任をすべて負わなければならない。だから韓国や中国は静観し、】
ここにも、ある種の、この手の話をする人々の重大な誤謬、もしくは都合の良い解釈があって、こういう人々って、一方では、北朝鮮はいずれ倒れると述べて来たわけです。残念ながら、金日成以降の10年、それは実現していないわけですが。
ことが地球の裏側で起こるのならまだしも、隣国で起こるのに、それが人為的だろうが、あちらの事情で倒れようが、日本は、それを被って、隣国としての義務を果たさなければならないわけです。
日本が引き金を引くのはまかり成らんと言う一方で、放っといてもいずれ倒れるから、それを待てば良いよ、と無責任なことを言う人がいる。いずれ倒れるのであれば、それはわれわれのスケジュールの範囲内で、計画的に倒すに越したことは無いでしょう。それすら私は無いと思うけれど。
ここで彼らが言うべきことは、もしそれが大変だと思うのであれば、主張すべきは、拉致問題など忘れてさっさと国交を結び、金正日にひたすら貢げ! ですよ。その覚悟も無しに「体制崩壊」を目指すことがクレイジーだというのは、無知蒙昧の類です。
それに近いことを言っているのは、さすが田岡元帥ただ一人です。
* 六カ国協議という幻想
この問題で特徴的なことは、経済制裁(体制崩壊を目指す)に反対する人々は、まず、拉致被害者が、10人のレベルでなく、百人単位だということをわざと黙殺する傾向がある。現地の子供たちが真っ先に犠牲になるとは言うが、その責任は第一義的に相手国政府が負うべきものであり、われわれが関知すべきことではない。そして、六カ国協議が成功すれば、北朝鮮が核開発を止めて、全てが丸く収まると錯覚している。
結局、米中韓露は、六カ国協議が成功したという図式が欲しいだけなんですよ。仮に成功したら何がどうなるかを考えても見て下さい。北朝鮮は恭順の意を示し、核査察も受け入れ、日本もアメリカも経済援助を再開する。その裏で、北はやっぱり核開発を続けるんですよ。そして当然、その核技術は第三世界に拡散していく。いつか、どこかの国の首都でそれは爆発するでしょう。六カ国協議は、問題を先送りするだけです。百害あって一利無し。何の解決にもならない。
私が日垣隆のような連中に言いたいのは、「経済制裁が効果無い」という論説に同意しても良い。だったら、百人の拉致被害者を奪還して、北に核開発を止めさせ、あの民衆を牢獄から解放する戦略も同時に述べよです。これほど議論が続いているのに、この連中は一切、代替案を出せない。それでいて経済制裁は効果無いの一点張りでは、国民はうんざりしてんですよ。
ただ、経済制裁の前にも、できることはあります。たとえば中国。中国は、日本を六カ国協議のテーブルに就かせるために、拉致被害者を返せと北朝鮮に迫ってくれたわけです。その部分で、北京は日本への義理を果たしたと思っている。この期に及んで、日本がまだ拉致問題でぶつぶつ言っていることを不快に思っているわけです。
その中国ルートで再び圧力を掛ける手はある。北が耳を傾けるのは唯一中国だけです。それに米国です。核開発施設を限定攻撃して揺さぶれば良い。日本が高度の経済制裁に出る前に、関係各国で打てる手は実はあります。対北朝鮮ということでは、手詰まりだけど、周辺諸国への圧力という部分においては、それこそ、アメリカ国債を売り払うぞとホワイトハウスに迫って、北に一層の圧力を掛ければ良いんです。
ま、そんな訳で、経済制裁もやってみましょうよ。腹をくくり、北の体制崩壊を目指して、来年は更に前進したいです。
※ 所で、日垣先生との一件ですが、越年となってしまいました。年明けにメールすると、新年メールに紛れ込んで無くしたとか言われかねないので、しばらく間を置いて返事します。私は、この問題を、実は5年10年のスパンで考えています。明日明後日片づくなんてはなから思ってはいません。何しろああいう性格のお人ですから。その5年10年の中では、直接の面談をお願いして、直談判する機会も多々あるでしょう。
世間に対してジャーナリストが言論を述べるということに関して、日垣隆という男が、いかに無責任な男で、本来、この業界にいるべき人間ではないことを世間に証明する作業の一貫として、私は捉えています。
※ 新刊状況
それで新刊ですが、もう会社に在庫はありません。当初の予定では、2割3割近くを会社の倉庫に置いて越年させる予定だったらしいのですが、オンライン書店のイレギュラーな動きが発生したため、在庫無しで越年ということになりました。ただここからまた売れなかった分が、年明けに会社へ帰ってくるわけですね。それを磨いてカバーや帯を交換してまた出荷準備するわけです。それが確実にまた倉庫を出て行くわけでもない。
今年は、年の最後の最後に良い仕事が出来て、とても満足しています。そのために、家計上どれだけの犠牲を払ったかは、あまりに惨めなので言えない。 _| ̄|○ 。たぶん、この日記を読んでいる誰一人想像できないほどの犠牲を払いました。
良い仕事が出来て良かった…‥、で済ませるのはアマチュアです。プロはそれをきちんと次へと繋ぎ、インカムで結果を出さなければならない。
来年も、すでにハードカバーの構想を練っています。仮題「わが名は〝Q〟」。ただ、これを書けるかどうかは、来年前半のインカム如何に懸かっています。さすがに今年みたいに惨めな思いはしたくないので、その辺りの収支改善の目処が立たないと、とてもこの仕事に集中できる状況じゃない。
長野県の皆様も良い新年をお迎え下さい。29日のスカパー朝日の番組もね、個別個別では、田中康夫は良いことを言っているんですよ。ただ、あんたそれを長野で全然やってないじゃん? その一言に尽きる。全てが絵空事の発言で終わっている。本来ならば、テープ起こしして、きっちり批判しなければならないんだけど、その時間が取れないのは残念です。
次男もすくすく。長男は今、恐竜にはまっています。年末の深夜に放映されていたNHKの進化の特集番組をまたずっと見ていました。DVD-Rに落として永久保存にするつもりです。
アメーバから最後に人類へと辿り着いた進化の過程で唯一、明確なこと。それは、弱者は淘汰される一方で、弱者だからこそ、強者の影で生き延びようと進化の道を探し、全く斬新な方法で、食糧を得、強者から隠れる術を身に付け、コミュニケーションの手段を獲得して、今の人類まで進化したということです。
強者たる人類に、進化の余地は残されていないかも知れない。でも私たちは、脳を使い、技術を開発し、心で抑制することによって、災厄を回避し、更なる新天地を切り開く術を持っている。神はサイコロを振らない。それは私たち自身の手で切り開くしか無いのです。皆様、良い新年をお迎え下さい。
来年の日記は、3日からの再開になります。
※ メルマガおまけ 「わが名は〝Q〟」
| 固定リンク | コメント (9) | トラックバック (0)
最近のコメント