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2010.10.26

凄いぞ! 埼玉県警山岳救助隊

 前エントリーでコメント欄を閉じたので、本稿だけここに引っ越しさせます。

※ 奥秩父・両神山で間一髪救助された単独行者

 山岳雑誌のヤマケイが、今年の夏の遭難状況を振り返るという特集企画を組んでいるのですが、凄まじい救出劇を6頁に渡ってレポートしています。通常、単独行の遭難事故なんて、メディアはベタもベタ扱いですから、ましてや助かったケースの詳細が明らかになる機会はほとんど無いのですが、これは凄まじいレポートです。

 遭難者は、山登りを始めて一年未満の初心者。30歳。百名山登山に出かけると母親に言い残して姿を消すんです。母親は、「秩父の百名山」と記憶しているだけで、どの山にどういうルートで登ったのか全く解らない。

 余談ですが、「百名山」て本当に罪作りな企画ですよね。この山を制覇するためにいったい何百人の登山者が犠牲になったことか。

 それで、その時、30歳の男性に何が起こっていたのか? 日帰り予定だった彼は、全くの軽装、食料も無し、もちろん登山計画書も無し、20年前のガイドブックを頼りに下山していた彼は、ルートを間違えて、沢の中へと入っていくんです。そこで足を滑らせて、左足首(臑の後ろの2本)を開放骨折してしまう。開放骨折ですよ。折れた骨が皮膚を破って飛び出している状態。
 彼はそこからなんと14日間耐え凌いで救出されるんです。

 埼玉県警山岳救助隊は、翌日深夜の「息子が帰ってこない」という母親からの捜索依頼を受けて動き始めるんだけど、最初の手がかりは、「これから登る山には鎖場がある」という母親宛のメール一本だけなんですよ。
 埼玉県警山岳救助隊は、県内にある秩父山系にある四つの百名山から一つに絞り、さらにそこから先を、まさに犯罪の捜査手法を使って、遭難者の足取りを追い始める。遭難者が出発前にネカフェで朝を待ったことを突き止めて、たぶんそのネットの履歴から、登山ルート等を割り出して、捜索に入るわけです。
 所が一週間探しても発見できない。普通、一週間も警察が山には入って結果が出せなければ、その辺りで捜索は打ち切られる。でも今回、埼玉県警山岳救助隊は諦めないんですよ。それは「両神山での遭難は、探せば必ず出て来る」という信念を隊長が持っていたから。
 それで、虱潰しにルートを潰して捜索を続行するわけですね。恐らく、捜索を開始してから、11日か12日目辺りに、沢に引っ掛かっている遭難者のザックを地元署の隊員二名が発見する。遭難者はすぐ近くにいた。

 所が、この奇跡のドラマには第二幕があるんです。遭難者を発見したのは午後3時前後。すぐヘリを呼ぶんだけど、土砂降りの雨になってヘリは引き返すんです。
 その内、沢の水が濁って来て、あっという間に濁流になる。遭難者はもとより、捜索隊員も危ない。やがて到着した増援二名が加わり、遭難者をストレッチャーに確保して、ほとんど垂直の急峻な崖を上へ上へと引っ張り上げるんです。対岸からその模様を撮った写真だか据え置きのビデオからのカットが掲載されていますが、まさに間一髪です。上へ上へと引っ張り上げられる遭難者と救助隊員を濁流の水位が追いかけるように上がっていく。
 だからこの遭難事故は、14日間耐え抜いた遭難者の発見が、もう20分遅れていたら、絶対に助からなかっただろうケースなんです。
 開放骨折で、14日間手当もせずに生きられるものなのか? ということも驚くんですけれど、ただやはり酷かったらしくて、この記事が書かれた時点でも、遭難者はICUからも出られずに手術を繰り返しているそうです。

 記事中には、日帰り予定にしては装備はちゃんとしていたと書いてあるんだけど、そもそも、山登りを始めて一年未満で百名山に単独行とか止めてくれないかと思うわけですが。それにしても偉いのは、埼玉県警救助隊。
 一週間捜索したあと、捜索隊の規模を縮小して、山を挟む地元警察署二箇所から数名ずつ出る程度になるんですね。
 でも、部隊としては、当てずっぽうで探しているわけではなく、登山者の心理を読み、推定できるルートを一つ一つ潰して行って、遭難者に辿り付くんです。

 私は普段、警察の捜査や取り調べに関して厳しい批判をする人間ですが、警察の日常の大半は、捜査ではなく、新聞記事にはならないような街の治安の維持や人命救助だったりするわけです。
 この男性に起こったことは奇跡だったかも知れないけれど、その奇跡を起こした人々は、日頃の鍛錬と経験をパーフェクトに発揮し、使命感を持って人命救助という崇高な目的を成し遂げた。その努力に最大の敬意を表したいと思います。

 ちなみに、結果として彼が助かった理由は、実は骨折のお陰でもあるんですよね。骨折のせいで、ほとんど動けなかった。本人はそれでも這うようにして移動したつもりでいたらしいんだけど、実は骨折した地点からほとんど動いていないんですよ。それで、食料は無かったけれど、体力の消耗を最低限に抑えられたことが、彼を救ったとも言えます。

 まだ店頭にありますので、ぜひヤマケイ11月号を読んで下さい。私からのアドバイスは、どうしても単独行をしたいのであれば、遭難することを前提とした装備と心構えで山に挑みましょう。その備えが結局は遭難を防ぐことに繋がりますから。

 2週間、マンパワーを投じて救った命はたった一つ。県民が誉めてくれるわけでも、どこかのテレビ局がミニ番組を作ってくれるわけでもない。
 でも、もし私が家族で埼玉県内の山に登る機会があったら、息子達に、皆さんの執念と活躍を語って聞かせましょう。たった一人の遭難者を救うために、諦めない男たちがいることを。
 いざという時にも、必ず警察の救助隊が助けに来てくれる。だから決して諦めるなと。

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コメント

>「百名山」て本当に罪作りな企画ですよね。この山を制覇するた
めにいったい何百人の登山者が犠牲になったことか。

「百名山教」と新興宗教の一つと考えると無茶な行動も理解出来るかも?
百山完歩のあかつきにはコロっと・・・・

現在はブームも一段落して(百山完歩して上がり)
更に「2百名山」「3百名山」と修行に旅立って行く方多数・・・
結局、何か目標と言うよりは 規制枠を掛けてもらわないと
趣味も楽しめない方多いのが、日本人の特性では?

百山の選定には何でこの山が?・・・なんてのが在るのは大人の事情(゚ー゚;
先に言っちゃた人の勝ち

投稿: 演歌なとりうむ | 2010.10.26 17:09

「山と渓谷」というのが雑誌名で、ヤマケイというのは略称だったのですね。
どうりで「月刊ヤマケイ」という雑誌を探してもどこの書店にもないはずだOrz

投稿: 川副海苔 | 2010.10.26 19:01

>私からのアドバイスは、どうしても単独行をしたいのであれば、遭難することを前提とした装備と心構えで山に挑みましょう。
どこで取ったアンケートか知りませんが、今40%くらいの人が単独行だそうです。

>日帰り予定だった彼は、全くの軽装、食料も無し、もちろん登山計画書も無し、20年前のガイドブックを頼りに下山していた彼は、
食料なしって、なんか子供のハイキング登山未満ですね。(--;

投稿: 狸穴 | 2010.10.26 21:30

なんか変ですよ、今日のこのページ。私だけかな?

有料メルマガとタイトルも違うし、中身も違う。昨日の記事を移行される時に何かトラブりましたか?

色々と読みましたが、とにかく御苦労様という感じですね。それで前から思っているんですが、無料分と有料分の比率について、今日の配信分くらいでいいんじゃないですかねー。別に、有料コンテンツが少ないとかいうことではなく、ある程度先生にお布施してでもこのページを見たい、と思っている人中心でいいんじゃないですか?そうすることで、大分色んな人を振り落とせるような気もします。そもそも有料って言っても大した金額でもないし(失礼!)、毎日配信されていることを考えるとコストパフォーマンスは悪くないと思いますよ。

勿論、先生は先生なりのお考えを持って長い間おやりになっているのですから、外野が何か言うべき話でもないんでしょうが、BBSが荒れるのもどうもあんまり気分がよくないですし。

投稿: モチキセキセキ | 2010.10.26 22:12

>そもそも、山登りを始めて一年未満で百名山に単独行とか止めてくれないかと思うわけですが。

わたしは、本格的な登山はやりませんが、百名山がいかなるものか調べたら
深田久弥の日本百名山が一般的なんですね。
小学校4年の時に田舎のお兄さんに誘われて登った巻機山が入っていた。
この山は高校三年までに単独行も含めて4回は登っている。
他、苗場山(筍山ではありません)、越後駒ヶ岳など
遠足気分で登っています。これらも百名山。
装備はジャージにヤッケ、サッカーのトレーニングシューズ、田舎の叔母さんが作ってくれた爆弾みたいなオニギリと水筒の水だけ。
なにがいいたかって、メインの登山道を登るぶんには一年目の単独行だって問題じゃない。
救助された男性は基礎体力は合格。
登山歴20年のベテランでも助かった保障はありませんから、初心者を批判するのは間違いだと思う。

それで、前から疑問なんだけど、登山、遭難に一家言ある大石さんなんだけど、自分の登山歴を披露しないよね。
どこか、まともな山を登ったことあるのか。

投稿: kouda | 2010.10.26 22:13

※ 黒字法人、過去最低25% 申告所得の総額4兆円減

>法人税下げの問題に絡んで言われていることですが、そもそも
>半分の会社が税金を納めていないのに法人税を下げることに
>意味があるのか? という批判があるんですよね。

まずは景気が悪くなってるというところが問題でしょう。というと、また不毛な議論が続きそうなので(笑)、それをこっちにおいといて、赤字の繰り越し、所謂繰延税金資産の制度に多少の問題は感じます。

基本、税効果会計そのものは賛成ですが、ここで言いたいのは金融機関に対しては繰延税金資産は認めなくてもよいのではないかと。サブプライム・リーマン以降巨額の償却を余儀なくされ、赤字転落した大手銀行を中心とする金融機関は、その損失で多額の繰延税金資産を積み上げ、結構な利益を上げても法人税の支払いは僅少な額に留まっています。100%自力で損失を償却し、その分の税金を返して貰う、というなら何の文句もありませんが、政府から資金を入れて貰い、倒産とは言わないまでもBIS規制をギリギリクリアし、手元流動性を確保し、再建して貰った金融機関は、当然その資金に割り増し金利を付けて政府に返却するのは当たり前ですが、更に割り増しで税金を納めるなり、政府の資金の入っている間にでた損失分の税効果は認めない=その後の利益についてはしっかり法人税を納めて貰う、くらいのことはすべきだったのではないかと思います。

これを書くにあたってちょっと銀行の決算書をいくつか見てみましたが、案の定彼らの収めている税金なんてしれたもんです。勿論、どうしてこういう法人税で済んでいるのかは決算書だけからは分かりませんが、ほとんどが税効果でしょう。こういうところをきちんとすることで、取るべき税金(と言っていいのかは分かりませんが)は取れると思うんですがねー。

投稿: モチキセキセキ | 2010.10.26 22:40

>なんか変ですよ、今日のこのページ。私だけかな?
>有料メルマガとタイトルも違うし、中身も違う。昨日の記事を
>移行される時に何かトラブりましたか?

ああ、失礼しました。一つ前に今日のページがあったんですね・・・ごめんなさい。

投稿: モチキセキセキ | 2010.10.26 22:42

パンナラ部隊…。

帰りの電車の中で読んでいると「パンチラ部隊」と読めてしまう。
1日の疲れのせいか、煩悩のせいか、当方悩める49歳です。

投稿: santa | 2010.10.26 22:55

山渓11月号見ました。救出時の連続写真はすごいですね。まさに危機一髪。埼玉県警山岳救助隊GJと言わざるを得ない。

しかし遭難検証と同じ号のメイン特集が「脱メジャーコース登山」ってのはどうなんだと正直思いました。

投稿: P | 2010.10.26 23:08

>「山と渓谷」というのが雑誌名で、ヤマケイというのは略称だったのですね。

「ヤマケイJOY」というライトな季刊誌はありますけどね。

投稿: tree | 2010.10.27 00:59

>どこか、まともな山を登ったことあるのか。

微妙な問いかけ??

登山は同じ山でもコンデション次第で難易度は変幻自在
極端な例だとコンデション(主に天候)さえ良ければ百名山完歩クラスのレベルでも
エベレスト登っているけれど
運の悪い方は(コンデション+天候に恵まれない)その世界の有数な方でも
2年3年かけても登れていません。

「日本百名山」に関しては深田久弥氏が発表した当時と現在では環境が変わり過ぎて
難易度は大きく変わりました。
ブームになったおかげで交通の便が良くなりコンデションが良ければ技術的に
難しいのは減ったと思います。

殆どの百名山は健脚ならば登山口から日帰り出来る位に交通の便良くなり
未だ日帰りが厳しいのは屋久島の「宮之浦岳」、南アルプス南部の山々、
北アルプス奥部(雲の平、黒岳、鷲羽岳、槍、穂高、等)
昨年事故の「トムラウシ山」は大雪山系縦走だと大変ですが、各山頂毎一つに絞れば
日帰り可。
唯一日高の「幌尻岳」が日帰り困難

様は通常のルートを利用する限り難易度はコンデション次第で コンデションが悪ければ
標高が低くても難易度上がります。

冬季(12/1~2/末)だけで「日本百名山」登った方いたら
その弩Mぶりに?尊敬しますw(゚o゚)w

投稿: 演歌なとりうむ | 2010.10.27 01:17

いちおう、新刊関連ということで…

対馬から眺めた釜山の花火
http://www.yomiuri.co.jp/photonews/article.htm?ge=614&id=91111
(撮影条件は書いてないですが)
こういう写真見ると、釜山って近いんだなぁって実感がわきます。
花火が見えるのなら、夜間のドンパチ(銃は無理にしても、砲とかロケット、ミサイルとか)や、アフターバーナー焚いた戦闘機とかは見えるんでしょうね。

投稿: やま | 2010.10.27 07:35

>モチキセキセキさん

繰越欠損金と繰延税金資産とを誤解または混同されていませんか?
繰延税金資産自体は銀行の納税額に何の影響も及ぼしません。もともといわゆる企業会計と税務会計の差を埋めるのが税効果会計なのですから。

今利益が出ているにもかかわらず納税額が小さいのは、モチキセキセキさんが書かれている繰延税金資産を繰越欠損金に変えれば意味が通じると思います。
ただ、日本は欠損金の繰り戻し還付制度(欠損金を過年度の納税額と相殺し還付を受ける制度)が停止されているため、必然的に後年度の納税額を減らさざるを得ません。アメリカは繰り戻し還付がありますよね。

結局、日本の税制全体が、まず取れるものを取ってすぐその場では返さない、という方針であるため、このような経済状況の中で結果的に苦しむことになっていると思いますよ。

投稿: さまよえる人 | 2010.10.27 14:12

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